アイヴィーのキケンな夏
2009.06.24 (Wed) | Category : memo
「夏はヒマだなー」
警備組織のモニタールーム。
どの画面も、代わり映えしない長閑な日常が映し出されているので、眠たくなってくる。
タクシードライバー兼、警備組織の司令官であるアイヴィーは、正直、退屈していた。
今は夏。聖アルフォンソ学院の生徒達も、その多くが夏季休暇に入っている。
小さな島を抜け出して、外国へ遊びに行っているのだ。
だが、ここは訳アリの島。自前のボディーガードを持つアンリを始め、
外に出たくない事情を持つ生徒達が、少なからず島に残っている。
おかげで、警備組織も稼働中。けれど、平日に比べて任務はかなり減っている為、
ごくごく短い休暇を順番に取ることはできた。今日はいつもより少し少ない人数だった。
司令官は勤務日で、現在、監視のお仕事中。
Mブロックの画面には、アンリが所有する小型クルザーが映っている。
今日は午前中から海上画面のあちこちを行き来している。
その船にイヤな思い出があるアイヴィーは苦い顔になる。
生徒の私物に、警備のチェックは入らない。
以前、この船にマフィアが乗っていたのだが、スルーしてしまったことがある。
まさか生徒が共謀して、マフィアを上陸させるとは思わなかったのである。
しかし、今日は流石に違う。お留守番組のアンリとユウタが、周辺の無人島巡りをするそうだ。
昨日、タクシーに乗ったユウタの口からも、そう聞いている。
「どんな魚が居るかなー」と楽しみにしているようだった。
アイヴィーは、他の画面に視線を移す。
どの監視モニタにも、平和な夏の午後しか映らない。
夏休み中の、それも日中に、侵入者が来る確率は極めて低いのである。
デスクの上に乗せた両腕を顎枕にして、そっとグチった。
「ほんとヒマだなー。残ってる生徒が少ねえんだから、お客さんが来るわけないしー」
「ご不満ですか? それではまるで、侵入者に来て欲しいように聞こえますよ、司令」
いつのまにか、副司令官が隣に立っていた。
ゆるゆるネクタイの司令官とは違い、夏でもネクタイをきっちり結んでいる。
「我々の仕事は、暇なほうが幸いでしょう?」
「んー。仕事がラクになるのはウレシイけど、ヒマ過ぎんのもツマンナイじゃん?」
「我が儘で贅沢です」
ぴしゃりと言った。
「司令、随分眠そうに見えますが、きちんとモニタを監視していましたか?」
「うん。み、見てたよ?」
副司令官は首を傾げる。
「私と代わって下さい。ご退屈されている司令には他の仕事をお願いします」
「えっ。なに?」
ドン、とファイルを置かれる。
「月末までの報告書、未提出ですね?
時間がある今のうちに、お書きになってはいかがです?」
「えー。いまー?」
「子供ですか、貴方は」
司令官はそっと席を立つ。一歩ずつ、ドアに向かう。
「俺、ちょっとおさんぽ、じゃなくて、パトロールに行ってこよっかなー」
「司令。また私に押し付けるおつもりですか?」
「締切までにはちゃんと出すよっ。じゃ、行ってきまーす!」
司令官は走り去っていった。
それから三十分後。
アイヴィーは程良く冷房が効いた室内に居た。
「でね。保健室のパトロールに来たってわけ」
てへへっ、とアイヴィーが笑う。
「保健室にアヤシイ人は居ませんかー? あ、目の前に居たっ! ひひひっ」
目の前に居る白衣の男は、ノーリアクションだった。
彼の名はスタニスラフ・ニコライエヴィッチ・ソクーロフ。
学院の保健教師兼カウンセラーを務めている。また、警備組織への協力者でもある。
自白・洗脳の研究者だった経歴を見込まれ、捕らえた侵入者への自白・洗脳を頼まれているのだ。
その為、警備組織の司令官であるアイヴィーとは、同僚と言える関係だった。
今はアイヴィーには背を向け、パソコンに向かっている。
放置されたアイヴィーは、椅子の背凭れを前にして座っていた。
そのまま足を動かして、ソクーロフのほうへ前進する。キコキコと椅子のキャスターが鳴る。
「ねー、ねー。ソクーロフ先生はさ、お仕事ヒマな時、いつも何してんのー?
ソクーロフもヒマでしょ、夏休みは生徒居なくて」
「お前と違って、私は暇を持て余すことはない」
白衣の男がやっと返事をした。
アイヴィーはキコキコともう少し近付く。
「またまたー。てゆーか、今、超ヒマじゃーん」
「時間のある時は、考えている」
「何を?」
「決まっているだろう? 可愛い生徒達のことだ」
「うわ、うわっ、ウソくさっ! 余りのウソくささに全米が泣いたっ!」」
「失礼な。私は保健教師だぞ? 彼等にどんなカウンセリングを行えば効果的か、常に研究している」
「ヘエー、ソーデスカー」
はあー、とアイヴィーは息を吐く。背凭れの上で器用に、腕に顎を乗せる。
「こういう時に、ディーノでも来ればなー」
その小さな呟きをカウンセラーは聞き逃さなかった。
ディーノ・マンゾーニは、シチリアンマフィアの次期ボス。
アンリがボディーガードに選んだのが、この男なのだ。
打ち合わせの為なのか、マフィアは度々無許可で島に上陸し、アンリと密会しているらしい。
つまり、司令官が直々に敷いた警備網を毎回パスしているということだ、おそらくはアンリと共謀して。
シチリア仕込みの縄抜けテクニックを見せ付けられる度に、司令官は悔しい思いをさせられるのだが、
おかげで、聖アルフォンソ島のセキュリティが、どんどん強固なものになっていくのは事実だった。
ソクーロフは両者のいたちごっこを興味深く見守っていた。
そして、今、マフィアの名を呟いた司令官に、インタビューせずにはいられなかった。
「会いたいのか? 宿敵のマンゾーニに」
「ち、違いマスよ!? 誰があんなヤツなんかに! 顔も見たくもないねっ!」
「では、どういう意味で『こういう時に、ディーノでも来ればなー』なんだ?」
「それは、えと、どうせ来るならヒマな時に来れば良いのに、と思っただけで……」
「自分は完璧だと思っている警備網を度々破られるうち、それが快感に感じられるようになったか?
全く、お前はどうしようもないマゾヒストだな。やれやれ。一体、誰に躾られたのやら」
「ちょい! 勝手に人をド変態にするのは止めて貰えませんか!」
その時、二階から階段を下りてくる足音が聞こえた。
「あれ? ソクーロフ、二階で寝てるヤツ居たの?」
「ああ、一人な」
「言ってよー。俺が煩いから起こしちゃったのかな?」
「それはない。保健室の壁は厚くできているからな」
何の為に、とアイヴィーは思ったがコワくて聞けなかった。
「そう? 誰が具合悪いの? ミハイル?」
ソクーロフは答えなかった。
足音が部屋の前で止まる。ゆっくりとドアが開く。
寝乱れた長い黒髪に、濃い顎髭。明らかに生徒ではない、長身の男が入ってきた。
「スタちゃん、喉渇いたー、水ー」
ここに居る筈のない人物を目にして、アイヴィーは驚愕のあまり、声も出ない。
ソクーロフは自分の腕時計に触れてから、腰を上げる。
それまで、アイヴィーには冷たく接していた人物は、
突然、人が変わったように、にこやかに言った。
「起きたんだね。おはよう、ディーノ」
その声は『対ミハイル用』もしくはそれ以上に優しかった。
マフィアは子供のように目をゴシゴシしながら、頷いた。
「ん。おはよう、スタちゃん」
アイヴィーは驚愕のあまり、声が出ない。
保健室の先生は、冷蔵庫に向かいながら、
「一時間ほど眠っていたね。よく眠れたかな?」
「うん」
寝起きの男とアイヴィーの目が合った。
呆気に取られていたアイヴィーが、やっと声を出す。
「ディ、ディーノ!? ちょ、なんで居んだよ!? また、どっから湧いて出た!?」
ソクーロフがアイヴィーに見せた顔は、いつもの、上から目線な微笑だった。
「夏季休暇だからと言って、どこかの司令官が仕事をサボっているから、こうなるんじゃないか?」
「グフッ」
司令官のハートに痛恨の一撃。保健室の先生はマフィアにグラスを差し出す。
「はい、ディーノ、お水だよ」
「ありがと、スタちゃん」
「どういたしまして」
「ねえ! うっかりツッコミ忘れてたけど、お二人さん、なんで今日は名前で呼び合ってんの?
この前まで名字で呼んでなかった? いつのまに、そんなカンケイになったわけ?
てか、何すか、その最狂コンビ? 幾らなんでもムテキ過ぎんだろ?
ディーノがアンリと組んだけで敵わないのに、
ソクーロフと組まれたら、俺、もう勝てる気が全くしないんですけど!?」
マフィアが白衣を引っ張る。
「スタちゃん、スタちゃん。俺、おなか空いたー」
「では一緒に何か食べに行くかい?」
「行くー」
アイヴィーが叫ぶ。
「挙句に無視!?」
「ディーノは何が食べたいのかな?」
「うーん」
「だから! 俺を無視して仲良くすんな!
てか、ソクーロフ! どーゆーことか、ちゃんと説明してくれませんか!?」
ドクターは、面倒だな、と言った口調で、
「一時間前、街でディーノを見掛けたんだ。時差ぼけで眠そうにしていたから」
ディーノが続く。
「保健室にベッドからあるからおいでって、スタちゃんが」
「ソクーロフ! あんた、学院側の人間のくせに、なにマフィアご招待してんの!?
つーか、ディーノも! 誘われたからって、ホイホイ行っちゃダメでしょ!?
アブナイおじさんに付いてっちゃいけないって、パパに習わなかったのか!?」
「おい、お前。スタちゃんを悪く言うな。スタちゃんは優しくていいひとなんだぞ」
「誰がいいひとだってー!?」
「スタちゃん。こいつ、なんかヘンなことばっかり言うね」
「ほんとだね」
「いやいや、ヘンなのはディーノだろ!?
今日は異常にコドモっぽいっつーか、ソクーロフに対して素直過ぎるし」
アイヴィーは、はたと気付く。
「あれ? ちょっと待てよ、この幼いかんじは……ま、まさか」
アイヴィーはマフィアの肩を揺する。
「ディーノ! ソクーロフにナニされた!? おい、目を覚ませ、ディーノ!」
手を振り解く。腕力は大人そのものだったが、話し方は子供だった。
「うっさいなー、もー。お兄ちゃん、ダレなの?」
「ダレって。俺だよ、俺! お前、なにふざけてんの?」
マフィアは途惑いの表情を見せた。不安そうに白衣の後ろに立つ。
「スタちゃん。このお兄ちゃん、ダレ?」
「このお兄ちゃんのことは気にしなくていいんだよ。さあご飯を食べに行こうか、ディーノ」
「うん。あ、俺、オムライスでもいーい?」
「いいよ」
「あのね、ママが作るオムライスにはね、ケチャップで『ディーノ』って書いてくれるんだよ?」
「待て待てーい!」
保健室を出て行こうとする二人を、アイヴィーが追い駆ける。
「俺も行くぞ! むしろディーノのほうが心配になってきた!」
三人は新市街のショッピングモールにやってきた。
ファミリーレストランで、オムライスを食べていたマフィアは、
スプーンを握ったまま、うつらうつらし始めた。
ソクーロフは腕時計を覗いてから、マフィアの肩に手を置いた。
「ディーノ? いっぱい食べて、眠たくなってきたのかな?」
「うん……」
「そのまま眠っていいよ。おやすみ、ディーノ」
カラン、とスプーンが手から離れ、テーブルに転がった。
カウンセラーに『おやすみ』を言われたマフィアは、
まるで糸が切れた操り人形のように眠りに落ちた。
カウンセラーは腕時計のボタンを押し、時間を確認した。
「いい子だね、マンゾーニ」
アイヴィーの目の前には、信じられない光景があった。
マフィアがソクーロフの膝の上で、すやすや眠っている。
カウンセラーは、ケチャップだらけの口髭を紙ナプキンで綺麗に拭き取っている。
「可愛い寝顔だ」
「そんなヒゲ面のどこがカワイイの!? あんたヒゲフェチ!?」
「静かにしろ、アイヴィー。マンゾーニが起きてしまう」
「いい加減、説明してくれるよね? ソクーロフ博士」
アイヴィーは頬を膨らませ、カウンセラーを睨んだ。
「ディーノに催眠を掛けたんだよね? なんで?」
「前から、一度、眠らせてみたかった」
波のある黒髪を撫でながら、
「親からたっぷりと愛情を注がれて、根が素直に育った人間は、深い催眠に落ち易い傾向にある。
だから、マンゾーニは催眠に掛かり易いタイプだろうと思っていたが、これ程とはな」
アイヴィーは頭を抱える。
「なんってこったい。ディーノもあんたに敵わないなんて」
「今日はやけにマンゾーニの肩を持つな?」
「泣く子も黙るマフィアが、こんなオコチャマにされてたら、誰でも可哀想になってくんだろが!
これ、ちゃんと元に戻るんだろーね? いつ戻んのよ!?」
「そうだな、この分だと夜中まで持ちそうだ。朝起きた頃には、元の彼に戻っているだろう」
「じゃあ、今夜はどこに寝かせるつもり?」
「後に覚醒するマフィアを学院の敷地内に入れるつもりか? 寝床はお前の家に決まっているだろう?」
「俺んちかよ! だって、夜中には催眠が切れるんだろ?
もし、そん時、起きちゃったらどうすんの? 俺の身の安全は誰が保証してくれんのさ!?」
「司令官が自分の身も守れなくてどうする?」
「ディーノは別! 俺、自信ない!」
「では、このままにしておくか?」
「このままって?」
「半永久的に続く、強い催眠を掛け、マンゾーニを子供のままにして、イタリアに返すか?
子供化したマンゾーニは、お前のこともまだ知らない状態だ。当然、お前とのいたちごっこも忘れている。
更に、この島に関する全ての記憶を除去しても良い」
「ディーノの記憶を……」
「この島にとって、危険人物には違いないのだからな。度々、お前の業務妨害もしているわけだし」
「でも、記憶を消しちゃったら、俺達のことも全部、忘れたまんまになっちまうってことだろ?」
「そうだ。つまり、警備網を破って上陸してくることも、なくなる。
良い考えだろう? さあ、どうする、司令官?」
カウンセラーは司令官の表情を観察している。
アイヴィーは少し黙った後、答えた。
「だ、ダメだよ。そんなの、やっぱダメ!」
「何故?」
「だって、ディーノは」
俯く顔をカウンセラーは注意深く覗き込む。
「ディーノは?」
「ディーノは、次こそ、俺の警備網に引っ掛けてやんだから!
それまでは、ディーノはディーノで居て貰わなきゃ、俺が困んの!」
翌日。保健室のドアをユウタがノックした。
「失礼しまーす。ソクーロフ博士、居ますかー?」
白衣の男はパソコンに向かっていた。
変幻自在の保健室の先生は、『対ユウタ用』の仮面を装着して、振り向いた。
「おや、ユウタ。よく来たね。どうしたのかな?」
「昨日、無人島で遊んでたら蚊に刺されたみたいで」
右腕に赤い腫れがあった。引っ掻いた傷もある。
「寝ているうちにやっちゃったみたいで」
「では虫刺されの薬を塗ろうか。少し滲みてしまうと思うけれど」
「あの、博士。その薬、ちょっと借りて行っても良いですか? 俺、あとで返しに来ますから」
「それは構わないが」
ここで塗っていけば良いだけの話だ。薬をどこかに持って行く理由がない。
昨日の出来事を思い出した医師は、その理由が思い当たった。
「アンリも、刺されてしまったのかな?」
「そうなんです。すごいなあ、博士は。何でも解っちゃうんですね」
「大したことではないよ。君が昨日、アンリと一緒に無人島巡りをしていたのは、
私もアイヴィーから聞いていたからね」
「そうだったんですか」
塗り薬をユウタに手渡す。
「それはウーティスのサロンにあげるよ。これからも必要になるかもしれないから」
「解りました。ありがとうございます」
「昨日は、楽しかったかい?」
「はい。おっきなヒトデ見付けたんです。あっ、携帯で写真撮ったんで、見ますか?」
携帯画面を見せてくれた。赤い星型の海の生き物がドアップで映っていた。
「随分大きいんだね」
「はい、俺もビックリしちゃいました」
「他にも写真を撮ったのかな?」
そう尋ねると、ユウタは喜々として、楽しい夏の思い出と共に、たくさんの写真を見せてくれた。
小さな写真の中には、医師が見たこともない、貴重なアンリの表情を捉えているものもあった。
「そう言えば、昨日は、アンリと一緒にウーティスを出て、一緒に帰ってきたのかな?」
「いいえ。帰りは一緒でしたけど、行きは違いました。
船の準備があるから、君は後から来てって言われて。
あ、帰りは、ケーキを買って帰りました、ミハイルの分も一緒に」
「三人で食べたのかい? 楽しい一日になったようだね」
「はい」
ユウタとの無人島巡りは、やはりフェイクだったのか、と医師は思った。
ユウタが来るより先に、船に乗ったマフィアを、島へ上陸させたのだろう。
密会の後で、マフィアと別れ、ユウタと遊んだようだ。
数日前から、ユウタは「今度アンリの船に乗せて貰う」と周囲に言い触らしていた。
アンリがそう依頼したのではなく、ただ嬉しくて自発的に。
その話を、タクシーの車内で、アイヴィーもユウタから聞かされていた。
そうしておけば、翌日、監視モニタにアンリのクルーザーが何度映っても、
アンリがユウタと遊んでいるだけだ、としか思われない。
以前も同じ船で、マフィアを上陸させているが、
二度もその手を使ってくる筈がない、という裏を掻いたのだろう。
「博士?」
「ああ、なんだい?」
ユウタがパソコン画面に興味を示している。
「それ、何を書いてたんですか? なんだか、難しそう」
「これかい? 夏だから、私も自由研究をしようかと思ってね、趣味の範囲だが」
「博士が?」
「日本の小学校ではそれが毎年宿題になる、と君のお姉さんから聞いたものだから」
「姉貴ってば、博士にそんなことも話してるんですか」
「うん。最近は、彼女と過去の話もしているからね」
「ふうん。でも、博士が宿題するなんて、なんか不思議だな。どんな自由研究なんですか?」
「これはちょっとした、心理学の研究論文なんだ。テーマは」
研究者の眼鏡がキラリと光る。
「敵対する対人関係に関する考察」
fin
アイヴィーのアツイ夏
2009.06.23 (Tue) | Category : memo
「夏はヒマだなー」
警備組織のモニタールーム。
どの画面にも、あまりに平和な夏の午後が映し出されているので、眠たくなってくる。
タクシードライバー兼、警備組織の司令官であるアイヴィーは、
デスクの上に乗せた両腕を、顎枕にして、時々、欠伸していた。
今は夏。聖アルフォンソ学院の生徒達も、その多くが夏季休暇に入っている。
小さな島を抜け出して、外国へ遊びに行っているのだ。
■
だが、ここは訳アリの島。
自前のボディーガードを持つアンリを始め、外に出たくない事情を持つ生徒達が、少なからず島に残っている。
身体が丈夫ではないミハイルもまた、ほぼ毎年、お留守番組となるのだが、
ミハイルとアンリとユウタがひとつの画面に映っていた。
海岸で遊んでいるのだ。
どうも、最近仲良くなりつつあるようで、一緒に居るのをアイヴィーも見掛けていた。
おかげで監視モニタにも、いつも以上に、代わり映えしない長閑な日常しか映らない。
「残ってる生徒が少ないから、車も呼ばれないしー、お客さんも来ないしー」
「それではまるで、侵入者に来て欲しいように聞こえますよ」
副司令官が隣に居た。
司令官とは違い、夏でもネクタイをきっちり結んでいる。
「我々の仕事は、暇なほうが幸いでしょう?」
「んー。仕事がラクになるのは嬉しいけど、ヒマ過ぎんのもツマンナイじゃん?」
「我が儘で贅沢です。司令、随分眠そうに見えますが、きちんとモニタを監視していましたか?」
「あ、う、うん。み、見てたよ?」
副司令官は首を傾げる。
「私と代わって下さい。ご退屈されている司令には他の仕事をお願いします」
「えっ。なに?」
ドン、とファイルを置かれる。
「月末までの報告書、未提出ですね?
時間がある今のうちに、お書きになってはいかがです?」
「えー。いまー?」
「子供ですか、貴方は」
司令官はそっと席を立つ。一歩ずつ、ドアに向かう。
「俺、ちょっとおさんぽ、じゃなくて、パトロールに行ってこよっかなー」
「司令。また私に押し付けるおつもりですか?」
「締切までにはちゃんと出すよっ。じゃ、行ってきまーす!」
司令官は走り去っていった。
それから三十分後。
アイヴィーは程良く冷房が効いた室内に居た。
「でね。保健室のパトロールに来たってわけ」
てへへっ、とアイヴィーが笑う。
■
白衣の男はノーリアクションだった。
彼の名はスタニスラフ・ニコライエヴィッチ・ソクーロフ。
学院の保健教師兼カウンセラーを務めている。
また、警備組織への協力者でもある。
自白・洗脳の研究者だった経歴を見込まれ、捕らえた侵入者への自白・洗脳を頼まれているのだ。
その為、警備組織の司令官であるアイヴィーとは、同僚と言える関係だった。
今はアイヴィーには背を向け、パソコンに向かっている。
■■
放置されたアイヴィーは、座ったまま、ソクーロフのほうへ前進した。キコキコと椅子のキャスターが鳴る。
「ねー、ねー。ソクーロフはさ、お仕事ヒマな時、いつも何してんのー?
ソクーロフもヒマでしょ、夏休みは生徒居なくて」
「お前と違って、私に暇な時などない」
白衣の男がやっと返事をした。
アイヴィーはキコキコともう少し近付く。
■「またまたー。てゆーか、今ヒマじゃーん」
「時間のある時は、考えている」
「何を?」
「決まっているだろう? 可愛い生徒達のことだ」
■「余りのウソ臭さに全米が泣いたっ!」
「失礼な。私は保健教師だぞ? 彼等にどんなカウンセリングを行えば効果的か、常に研究している」
「ソーデスカー」
はあー、とアイヴィーは息を吐く。
「こういう時に、ディーノでも来ればなー」
■
カウンセラーの眼鏡がキラリと光る。
「会いたいのか? 宿敵のマンゾーニに」
「ち、違いマスよ!? 誰があんなヤツなんかに!」
ディーノ・マンゾーニは、シチリアンマフィアの次期ボス。
生徒のアンリがボディーガードに選んだ男が彼なのだ。
島内の警護は、警備組織に任せて貰えば良いのに、打ち合わせの為なのか、
度々、無許可で島に上陸し、アンリと密会するのだ。
司令官が敷いた海上封鎖も破られる。
「では、どういう意味で『こういう時に、ディーノでも来ればなー』なんだ?」
「それは、えと、どうせ来るならヒマな時に来れば良いのに、と思っただけで……」
■■
「自分は完璧だと思っている警備網を度々破られるうち、それが快感に感じられるようになったか?
全く、お前はどうしようもないマゾヒストだな。やれやれ。一体、誰に躾られたのやら」
「ちょい! 勝手に人をド変態にするのは止めて貰えませんか!」
その時、二階から階段を下りてくる足音が聞こえた。
「あれ? ソクーロフ、二階で寝てるヤツ居たの?」
「ああ、一人な」
「言ってよー。俺が煩いから起こしちゃったのかな?」
「それはない。保健室の壁は厚くできているからな」
何の為に、とアイヴィーは思ったが怖くて聞けなかった。
■「じゃあ誰が具合悪いの? ミハイル? あ、違うか。今、海で遊んでるんだし」
ソクーロフは答えない。
足音が部屋の前で止まる。ゆっくりとドアが開く。
長い黒髪に、濃い顎髭。明らかに生徒ではない、長身の男が入ってきた。
「スタちゃん、喉渇いたー、水ー」
■
ここに居る筈のない人物を目にして、アイヴィーは驚愕のあまり、声も出ない。
ソクーロフは自分の腕時計に触れてから、腰を上げる。人が変わったように、にこやかに言った。
「起きたんだね。おはよう、ディーノ」
その声は、対ミハイル用、もしくはそれ以上に優しかった。
■■
マフィアは子供のように目をゴシゴシしながら、頷いた。
「ん。おはよう、スタちゃん」
保健室の優しい先生は、冷蔵庫に向かいながら、
「一時間ほどお昼寝していたね。よく眠れたかな?」
「うん」
寝起きの男とアイヴィーの目が合った。
呆気に取られていたアイヴィーが、やっと声を出す。
■「ディ、ディーノ!? ちょ、なんで居んだよ!? また、どっから湧いて出た!?」
ソクーロフがアイヴィーに見せた顔は、いつもの、上から目線な微笑だった。
「夏季休暇だからと言って、どこかの司令官が仕事をサボっているから、こうなるんじゃないか?」
「グハッ」
司令官のハートに痛恨の一撃。保健室の先生はマフィアにグラスを差し出す。
「はい、ディーノ、お水だよ」
「ありがと、スタちゃん」
「どういたしまして」
「ねえ! ツッコミが遅くなっちゃったけど、お二人さん、なんで今日は名前で呼び合ってんの?
■
この前まで名字で呼んでなかった? いつのまに、そんなカンケイになったわけ?
てか、何すか、その最狂コンビ? 幾らなんでもムテキ過ぎんだろ?
ディーノがアンリと組んだけで敵わないのに、
ソクーロフと組まれたら、俺、もう勝てる気が全くしないんですけど!?」
マフィアが白衣を引っ張る。
「スタちゃん、スタちゃん。俺、おなか空いたー」
「では一緒に何か食べに行くかい?」
「行くー」
アイヴィーが叫ぶ。
「挙句に無視!?」
「ディーノは何が食べたいのかな?」
「うーん」
「だから! 俺を無視して仲良くすんな!
てか、ソクーロフ! どーゆーことか、ちゃんと説明してくれませんか!?」
ドクターは、面倒だな、と言った口調で、
「一時間前、街でディーノを見掛けたんだ。時差ぼけで眠そうにしていたから」
ディーノが続く。
■■
「保健室にベッドからあるからおいでって、スタちゃんが」
「ソクーロフ! あんた、学院側の人間のくせに、なにマフィアご招待してんの!?
つーか、ディーノも! 誘われたからって、ホイホイ行っちゃダメでしょ!?
■アブナイおじさんに付いてっちゃいけないって、パパに習わなかったのか!?」
「おい、お前。スタちゃんを悪く言うな。スタちゃんは優しくていいひとなんだぞ」
「誰がいいひとだってー!?」
「スタちゃん。こいつ、なんかヘンなことばっかり言うね」
「ほんとだね」
「いやいや、ヘンなのはディーノだろ!?
今日は異常にコドモっぽいっつーか、ソクーロフに対して素直過ぎるし」
アイヴィーは、はたと気付く。
「あれ? ちょっと待てよ、この幼いかんじは……ま、まさか」
アイヴィーはマフィアの肩を揺する。
「ディーノ! ソクーロフにナニされた!? おい、目を覚ませ、ディーノ!」
■
手を振り解く。
「うっさいぞ。大体、お前ダレ?」
「……ダレって。俺のこと、覚えてないのかよ?」
「なー、スタちゃん。早くメシー」
■■
「はいはい。じゃあ行こうか、ディーノ」
「うん。あ、俺、オムライスでもいい?」
「いいよ」
「待て待てーい! 俺も行くぞ! むしろディーノのほうが心配になってきた!」
新市街のショッピングモールに三人はやってきた。
ファミリーレストランで、オムライスを食べていたマフィアは、
スプーンを握ったまま、うつらうつらし始めた。
ソクーロフは腕時計を覗いてから、マフィアの肩に手を置いた。
「ディーノ? いっぱい食べて、眠たくなってきたのかな?」
「うん……」
「そのまま眠っていいよ。おやすみ、ディーノ」
■
スプーンが手から離れ、テーブルに落ちた。
カウンセラーにおやすみと言われたマフィアは、まるで糸が切れた操り人形のように眠りに落ちた。
■■
アイヴィーの目の前には、信じられない光景があった。
マフィアがカウンセラーの膝の上で、すやすや眠っている。
カウンセラーは、波のある黒髪を撫でながら、微笑んでいた。
「可愛い寝顔だ」
「アゴヒゲのどこがカワイイの!?」
「煩いぞ、アイヴィー。この子が起きてしまう」
アイヴィーは頬を膨らませ、カウンセラーを睨んだ。
■カット
「あんた、ディーノに催眠を掛けたんだよね? なんで?」
カウンセラーは眠っている研究対象を愛おしげに見つめる。
「前から、一度、試してみたかった」
黒髪を優しく撫でる。
「マンゾーニは催眠に掛かり易いタイプだろうと思っていたからな。
親からたっぷりと愛情を注がれて、根が素直に育った人間は、深い催眠に落ち易い傾向にある」
アイヴィーは頭を抱える。
「なんってこったい。ディーノもあんたに敵わないなんて」
■■
「今日はやけにマンゾーニの肩を持つな?」
「泣く子も黙るマフィアが、こんなオコチャマにされてたら、誰でも可哀想になってくんだろが!
これ、ちゃんと元に戻るんだろーね? いつ戻んのよ!?」
「そうだな、この分だと夜中まで持ちそうだ。朝起きた頃には、元の彼に戻っているだろう」
「じゃあ、今夜はどこに寝かせるつもり?」
■「後に覚醒するマフィアを学院の敷地内に入れるつもりか? お前の家に決まっているだろう?」
「俺んちかよ! だって、夜中には催眠が切れるんだろ?
もし、そん時、起きちゃったらどうすんの? 俺の身の安全は誰が保証してくれんのさ!?」
「司令官が自分の身も守れなくてどうする?」
「ディーノは別! 俺、自信ない!」
「では、このままにしておくか?」
「このままって?」
■
「半永久的に続く、強い催眠を掛け、マンゾーニを子供のままにして、イタリアに返すか?
子供化したマンゾーニは、お前のこともまだ知らない状態だしな。
更に、この島に関する全ての記憶を除去しても良い」
「ディーノの記憶を……」
「この島にとって、危険人物には違いないのだからな。度々、お前の業務妨害もしているわけだし」
■「でも、記憶を消すってことは、俺達のことも、今までのことも全部、忘れちまうってことだろ」
「もちろん。そうすれば、警備網を破って上陸してくることも、なくなる。
良い考えだろう? さあ、どうする、司令官?」
カウンセラーは司令官の表情を観察している。
アイヴィーは少し黙った後、答えた。
「だ、ダメだよ。そんなの、やっぱダメ!」
「何故?」
「だって、ディーノは」
俯く顔をカウンセラーは注意深く覗き込む。
「ディーノは?」
■「ディーノは、次こそ、俺の警備網に引っ掛けてやんだから!
それまでは、ディーノはディーノで居て貰わなきゃ、俺が困んの!」
fin
警備担当者とマフィアのカンケイ
2009.06.23 (Tue) | Category : memo
「夏はヒマだなー」
警備組織のモニタールーム。
どの画面にも、あまりに平和な夏の午後が映し出されているので、眠たくなってくる。
タクシードライバー兼、警備組織の司令官であるアイヴィーは、
デスクの上に乗せた両腕を、顎枕にして、時々、欠伸していた。
今は夏。聖アルフォンソ学院の生徒達も、その多くが夏季休暇に入っている。
小さな島を抜け出して、外国へ遊びに行っているのだ。
おかげで監視モニタにも、いつも以上に、代わり映えしない長閑な日常しか映らない。
「残ってる生徒が少ないから、車も呼ばれないしー、お客さんも来ないしー」
「それではまるで、侵入者に来て欲しいように聞こえますよ」
副司令官が隣に居た。
司令官とは違い、夏でもネクタイをきっちり結んでいる。
「我々の仕事は、暇なほうが幸いでしょう?」
「んー。仕事がラクになるのは嬉しいけど、ヒマ過ぎんのもツマンナイじゃん?」
「我が儘で贅沢です。司令、随分眠そうに見えますが、きちんとモニタを監視していましたか?」
「あ、う、うん。み、見てたよ?」
副司令官は首を傾げる。
「私と代わって下さい。ご退屈されている司令には他の仕事をお願いします」
「えっ。なに?」
ドン、とファイルを置かれる。
「月末までの報告書、未提出ですね?
時間がある今のうちに、お書きになってはいかがです?」
「えー。いまー?」
「子供ですか、貴方は」
司令官はそっと席を立つ。一歩ずつ、ドアに向かう。
「俺、ちょっとおさんぽ、じゃなくて、パトロールに行ってこよっかなー」
「司令。また私に押し付けるおつもりですか?」
「締切までにはちゃんと出すよっ。じゃ、行ってきまーす!」
司令官は走り去っていった。
それから三十分後。
アイヴィーは程良く冷房が効いた室内に居た。
「でね。保健室のパトロールに来たってわけ」
てへへっ、とアイヴィーが笑う。
保健教師のソクーロフはノーリアクションだった。アイヴィーには背を向け、パソコンに向かっている。
放置されたアイヴィーは、座ったまま、ソクーロフのほうへ前進した。キコキコと椅子のキャスターが鳴る。
「ねー、ねー。ソクーロフはさ、お仕事ヒマな時、いつも何してんのー?
ソクーロフもヒマでしょ、夏休みは生徒居なくて」
「お前と違って、私に暇な時などない」
白衣の男がやっと返事をした。
アイヴィーはキコキコともう少し近付く。
「またまたー。てゆーか、今ヒマじゃん?」
「時間のある時は、考えている」
「何を?」
「決まっているだろう? 可愛い生徒達のことだ」
「うわ、うわっ、ウソくさっ!」
「失礼な。私は保健教師だぞ? 彼等にどんなカウンセリングを行えば効果的か、常に研究している」
「ソーデスカー」
はあー、とアイヴィーは息を吐く。
「こういう時に、ディーノでも来ればなー」
「会いたいのか? 警備網を破るマフィアに」
「えっ!? ち、違うよ!? どうせ来るならヒマな時に来れば良いのにと思っただけで」
「自分は完璧だと思っている警備網を度々破られるうち、それが快感に感じられるようになったか?
全く、お前はどうしようもないマゾヒストだな。やれやれ。一体、誰に躾られたのやら」
「ちょい! 勝手に人をド変態にするのは止めて貰えませんか!」
その時、二階から階段を下りてくる足音が聞こえた。
「あれ? ソクーロフ、二階で寝てるヤツ居たの?」
「ああ、一人な」
「言ってよー。俺が煩いから起こしちゃったのかな?」
「それはない。保健室の壁は厚くできているからな」
何の為に、とアイヴィーは思ったが怖くて聞けなかった。
「そう? 誰が具合悪いの? ミハイル?」
ソクーロフは答えない。
足音が部屋の前で止まる。ゆっくりとドアが開く。
長い黒髪に、濃い顎髭。明らかに生徒ではない、長身の男が入ってきた。
「スタちゃん、喉渇いたー、水ー」
ソクーロフが腰を上げる。人が変わったように、にこやかに言った。
「起きたんだね。おはよう、ディーノ」
マフィアは子供のように目をゴシゴシしながら、頷いた。
「ん。おはよう、スタちゃん」
アイヴィーは驚愕のあまり、声が出ない。
保健室の先生は、冷蔵庫に向かいながら、
「一時間ほど眠っていたね。よく眠れたかな?」
「うん」
寝起きの男とアイヴィーの目が合った。
呆気に取られていたアイヴィーが、やっと声を出す。
「ディ、ディーノ!? ちょ、なんで居んだよ!?」
ソクーロフがアイヴィーに見せた顔は、いつもの、上から目線な微笑だった。
「夏季休暇だからと言って、どこかの司令官が仕事をサボっているから、こうなるんじゃないか?」
「グハッ」
司令官のハートに痛恨の一撃。保健室の先生はマフィアにグラスを差し出す。
「はい、ディーノ、お水だよ」
「ありがと、スタちゃん」
「どういたしまして」
「ねえ! ツッコミが遅くなっちゃったけど、お二人さん、なんで今日は名前で呼び合ってんの?
この前まで名字で呼んでなかった? いつのまに、そんなお友達になったわけ?
てか、何すか、その最狂コンビ? 幾らなんでもムテキ過ぎんだろ?
ディーノとアンリが組んだけで警備網を突破されんのに、
ソクーロフと組まれたら、俺、もう勝てる気しないんですけど!?」
「スタちゃん、俺、おなか空いたー」
「では一緒に何か食べに行くかい?」
「行くー」
「挙句に無視!?」
「ディーノは何が食べたいのかな?」
「うーん」
「だから! 俺を無視して仲良くすんな!
てか、ソクーロフ! どーゆーことか、ちゃんと説明して!」
「街でディーノを見掛けてね。時差ぼけで眠そうにしていたから」
「保健室にベッドからあるからおいでって、スタちゃんが」
「ソクーロフ! あんた、学院側の人間のくせに、なにマフィアご招待してんの!?
つーか、ディーノも! 誘われたからって、ホイホイ行っちゃダメでしょ!?
アビナイおじさんに付いてっちゃいけないって、パパに習わなかったのか!?」
「おい、お前。スタちゃんを悪く言うな。スタちゃんは優しくていいひとなんだぞ」
「誰がいいひとだってー!?」
「スタちゃん。こいつ、なんかヘンなことばっかり言うね」
「ほんとだね」
「いやいや、ヘンなのはディーノだろ!?
今日は異常にコドモっぽいっつーか、ソクーロフに対して素直過ぎるし」
アイヴィーは、はたと気付く。
「あれ? ちょっと待てよ、この幼いかんじは……ま、まさか」
アイヴィーはマフィアの肩を揺する。
「ディーノ! ソクーロフにナニされた!? おい、目を覚ませ、ディーノ!」
「うっさいぞ、お前」手を振り解く。「なー、スタちゃん。早くメシー」
「はいはい。じゃあ行こうか、ディーノ」
「うん。あ、俺、オムライスでもいい?」
「いいよ」
「待て待てーい! 俺も行くぞ! むしろディーノのほうが心配になってきた!」
新市街のショッピングモールに三人はやってきた。
ファミリーレストランで、オムライスを食べていたマフィアは、
スプーンを握ったまま、うつらうつらし始めた。
ソクーロフは腕時計を覗いてから、マフィアの肩に手を置いた。
「ディーノ? いっぱい食べて、眠たくなってきたのかな?」
「うん……」
「そのまま眠っていいよ。おやすみ、ディーノ」
カウンセラーにそう言われたマフィアは、まるで糸が切れたように眠りに落ちた。
アイヴィーの目の前には、信じられない光景があった。
マフィアがカウンセラーの膝の上で、すやすや眠っている。
カウンセラーは、波のある黒髪を撫でながら、微笑んでいた。
「可愛い寝顔だ」
「アゴヒゲのどこがカワイイの!?」
「煩いぞ、アイヴィー。この子が起きてしまう」
アイヴィーは頬を膨らませ、カウンセラーを睨んだ。
「いい加減、説明してくれるよね? ソクーロフ博士」
「なんだ?」
「ディーノに催眠を掛けたんだよね? なんで?」
「前から、一度試してみたかった。マンゾーニは催眠に掛かり易いタイプだろうと思っていたからな。
親からたっぷりと愛情を注がれて、根が素直に育った人間は、深い催眠に落ち易い傾向にある」
「なんってこったい! ディーノもあんたに敵わないなんて」
「今日はやけにマンゾーニの肩を持つな?」
「泣く子も黙るマフィアが、こんなオコチャマにされてたら、誰でも可哀想になってくんだろが!
これ、ちゃんと元に戻るんだろーね? いつ戻んのよ!?」
「そうだな、この分だと夜中まで持ちそうだ。朝起きた頃には、元の彼に戻っているだろう」
「じゃあ、今夜はどこに寝かせるつもり?」
「覚醒したマフィアを学院の敷地内に入れるつもりか? お前の家に決まっているだろう?」
「俺んちかよ! だって、夜中には催眠が切れるんだろ?
もし、そん時、起きちゃったらどうすんの? 俺の身の安全は誰が保証してくれんのさ!?」
「司令官が自分の身も守れなくてどうする?」
「ディーノは別! 俺、自信ない!」
「では、このままにしておくか?」
「このままって?」
「半永久的に続く、強い催眠を掛け、マンゾーニを子供のままにして、イタリアに返すか?
それとも、この島に関する全ての記憶を除去しても良い」
「ディーノの記憶を……」
「この島にとって、危険人物には違いないのだからな。度々、お前の業務妨害もしているわけだし」
「でも、記憶を消すってことは、俺達のことも全部、忘れちまうってことだろ」
「もちろん。そうすれば、警備網を破って上陸してくることも、なくなる。
良い考えだろう? さあ、どうする、司令官?」
カウンセラーは司令官の表情を観察している。
アイヴィーは少し黙った後、答えた。
「だ、ダメだよ。そんなの、やっぱダメ!」
「何故?」
「だって、ディーノは」
俯く顔をカウンセラーは注意深く覗き込む。
「ディーノは?」
「ディーノは、次こそ、俺の警備網で引っ掛けてやんだから!
それまでは、ディーノはディーノで居て貰わなきゃ、俺が困んの!」
fin
アイヴィーの夏
2009.06.23 (Tue) | Category : memo
警備組織のモニタールーム。
どの画面にも平和な夏の午後が映し出されている。
タクシードライバー兼、警備組織の司令官であるアイヴィーは、
デスクの上に乗せた両腕を、顎枕にしていた。
「生徒が少ないから車も呼ばれないしー、お客さんも来ないしー」
「それではまるで、侵入者に来て欲しいように聞こえますよ」
副司令官が隣に居た。
司令官とは違い、夏でもネクタイをきっちり結んでいる。
「我々の仕事は、暇なほうが幸いでしょう?」
「仕事がラクになるのは嬉しいけど、ヒマ過ぎんのもツマンナイじゃん?」
「我が儘で贅沢です」
「そりゃ解ってるけどー」
「では、ご退屈な司令に、お暇潰しをご提案致しましょうか?」
「えっ。なになに? 楽しいゲームでも知ってんの?」
ドン、とファイルを置かれる。
「月末までの報告書、未提出ですね?
時間がある今のうちに、お書きになってはいかがです?」
「えー。いまー?」
「子供ですか、貴方は」
司令官はそっと席を立つ。一歩ずつ、ドアに向かう。
「俺、ちょっとおさんぽ、じゃなくて、パトロールに行ってこよっかなー」
「司令。また私に押し付けるおつもりですか?」
「締切までにはちゃんと出すよっ。じゃ、行ってきまーす!」
司令官は走り去っていった。
それから三十分後。
アイヴィーは程良く冷房が効いた室内に居た。
「でね。保健室のパトロールに来たってわけ」
てへへっ、とアイヴィーが笑う。
保健教師のソクーロフはノーリアクションだった。
アイヴィーには背を向け、パソコンに向かっている。
放置されたアイヴィーは、座ったまま、ソクーロフのほうへ前進した。
キコキコと椅子のキャスターが鳴る。
「ねー、ねー。ソクちゃんはさ、お仕事ヒマな時、いつも何してんのー?
ソクちゃんもヒマでしょ、夏休みは生徒居なくて」
「お前と違って、私に暇な時などない」
白衣の男がやっと返事をした。
アイヴィーはキコキコともう少し近付く。
「またまたー。てゆーか、今ヒマじゃん?」
「時間のある時は、考えている」
「何を?」
「決まっているだろう? 可愛い生徒達のことだ」
「うわ、うわっ、ウソくさっ!」
「失礼な。私は保健教師だぞ? 彼等にどんなカウンセリングを行えば効果的か、常に研究している」
「ソーデスカー」
はあー、とアイヴィーは息を吐く。
「こういう時に、ディーノでも来ればなー」
「会いたいのか? 警備網を破るマフィアに」
「えっ!? ち、違うよ!? どうせ来るならヒマな時に来れば良いのにと思っただけで」
「自分は完璧だと思っている警備網を度々破られるうち、それが快感に感じられるようになったか?
全く、お前はどうしようもないマゾヒストだな。やれやれ。一体、誰に躾られたのやら」
「ちょい! 勝手に人をド変態にするのは止めて貰えませんか!」
その時、二階から階段を下りてくる足音が聞こえた。
「あれ? ソクちゃん、二階で寝てるヤツ居たの?」
「ああ、一人な」
「言ってよー。俺が煩いから起こしちゃったのかな?」
「それはない。保健室の壁は厚くできているからな」
「そう? 誰が具合悪いの? ミハイル?」
ソクーロフは答えない。
足音が部屋の前で止まる。ゆっくりとドアが開く。
長い黒髪に、濃い顎髭。明らかに生徒ではない、長身の男が入ってきた。
「ソクちゃん、喉渇いたー、水くれ」
ソクーロフが腰を上げる。人が変わったように、にこやかに言った。
「良いよ。おはよう、マンゾーニ」
冷蔵庫に向かいながら、
「一時間ほど眠っていたね? 眠気は取れたかな?」
「ああ、よく眠れたぜ。良いベッド使ってんなー、この保健室。お?」
寝起きの男とアイヴィーの目が合った。
呆気に取られていたアイヴィーが、やっと声を出す。
「ディ、ディーノ!? ちょ、なんで居んだよ!?」
「よう。お前も昼寝に来たのか? サボってないで真面目に仕事しろよ、司令官」
「あんたに言われたくないし! てか、ソクーロフ! どーゆーことか説明っ」
「はい、マンゾーニ、お水だよ」
「サンキュ、ソクちゃん」
「え、無視!?」
「ソクちゃん、俺、腹減ったー」
「では一緒に何か食べに行こうか」
「だから! 俺を無視して仲良くすんな!」
アイヴィーの夏
2009.06.22 (Mon) | Category : memo
「生徒が少ないから車も呼ばれないし、お客さんも来ないしー」
「来て欲しいみたいな言い方ですね。我々の仕事は暇なほうが幸いでしょう?」
「まーねー。ラクなのは嬉しいけど、ヒマ過ぎんのも、ツマンナイじゃん?」
「我が儘で贅沢ですね」
「俺、ちょっとお散歩……じゃなくてパトロール行ってくる」
涼みに来ましたー。保健室はクーラー効いてて良いよねー
センセー、なんか飲ませてー
瓶を渡された。
サンキュ……って消毒液!
嫌いか?
スキかキライかって聞かれたらキライだよね、フツーの人は
ディーノに電話する
「お宅のお姫様、コッチの空港までお届けしましたよー。あとヨロシクね、ボディーガードさん」
「それだけ言う為に、わざわざ俺に電話を?」
ディーノのくせになまいきだ。
2009.06.21 (Sun) | Category : memo
ジャム専門店から一歩外に出ると、うだるような暑さに出迎えられた。
「これで、おつかい完了ってか」
イタリアーノ特有の濃い顔に、暑苦しい顎髭を蓄えた男。
シチリアンマフィアの中でも血塗られた歴史を持つマンゾーニ家。
その次期ボスとなる男が、僕のボディーガード、ディーノ・マンゾーニ。
ディーノが傍に居ると余計に暑く感じるのは、気のせいではないと思う。
「ま、俺様が案内してやったから、やっとできたってかんじだな」
頬を指差す。
「お姫様、道案内のお代は?」
無視して、僕は彼の前を通り過ぎる。後ろからマフィアの戯言が聞こえる。
「ちっ。ベッドまでオアズケかよ」
暑くて、言い返す気にもならない。
店の前に停めた車に戻る。ディーノが気に入っている赤いフェラーリだ。
僕達の姿を見て、運転手を務める若い男が車を降りた。僕達が乗る時にドアを開ける為だろう。
車の前でディーノが突然立ち止まった。深刻な顔をしている。
僕は少し不安になった。周囲の様子を確認して、
「ディーノ、どうしたの」
「そのジャム、ウマイのか?」
「何?」
「ウマイのかって聞いてんだよ」
「美味しいって言ってる人は居たけれど」
「そっか。そのジャム、マンマに買っていったら喜んで貰えるかな」
まるで良い子の呟きだ。
溺愛し合っているマンゾーニ家の親子は、家族について話す時、
言動が少年時代に戻ってしまう。僕が呆然としていると、ディーノは若い運転手にこう言った。
「おい、フィオ。俺も買ってくるから、ちょっと待っとけ」
「へい」運転手は笑って「じゃ、姫さんはお先に車へどうぞ」
僕の為に、後部座席のドアを開けた。
車内は外とは別世界の如く涼しかった。
僕以外に二人の男が乗っている。どちらもマンゾーニ家の舎弟だ。
運転席に居るのはフィオラノ。
マフィアにしておくには惜しい気さえする、眼鏡を掛けた優男だ。
助手席には短い黒髪の無口な男。彼の名前はまだ解らない。
運転手のフィオラノが僕に話し掛けてきた。
「先生へのお土産は買えましたかい? 足りなければどこへでもお連れしやすよ、姫さん」
「その呼び方、止めてくれない?」
「すいやせん。ディーノの兄貴がお姫様って呼んでるもんですから、
つい移っちまいまして。では『姐さん』とお呼びしやすね」
「そんなに、僕が女性に見える?」
「割と」
「何だって?」
「ああ、すいやせん、すいやせん。じゃあ今後は『アンリの兄貴』と」
「それも嫌」
「ははっ、ワガママですねえ、姫さんは」
人当たりが柔らかく、イタリアーノにしては顔立ちも、かなり爽やかだ。
イタリア訛りはあるものの、彼は英語も話せるし、馬鹿にも見えない。
秘密結社の構成員より小学校の先生向きの男に見える。兼ねてからの疑問がつい口をついた。
「君ってマフィアっぽくないよね。どうして君みたいな人が、マフィアやってるの?」
「姫さんが自分に興味を持ってくれるのなんて初めてですね」
笑顔を見せた後、フィオラノはこう答えた。
「自分はディーノの兄貴に拾って頂いたんです。それだけです」
嘘ではない。それが僕には不思議だった。
マンゾーニ家のボスはカルロ・マンゾーニ。息子のディーノはアンダーボス。つまり、No.2だ。
これまでも構成員達の言動から、ディーノのカリスマ性は見て取れた。悔しいくらいに。
ルームミラーの中の運転手が、僕に笑い掛ける。
「自分じゃ頼りなく見えるかもしれませんが、心配しなくても、
兄貴が姫さんを可愛がってる限り、姫さんのことは、自分達が命を掛けてお守り致しやすよ」
民間の警備会社より、マフィアのほうが優れているのは、その圧倒的な結束力だ。
守って、と頼んたのは僕だけど、未だに信じられない。
マフィアのは、ボスが友人と認めた僕のことを、守ってくれる。例え、自分が死ぬことになっても。
「待たせたな」
ディーノが帰ってきて、僕の隣に座った。
赤いフェラーリが動き出す。
アンダーボスは買ってきた物を僕に見せびらかしてきた。
「ほれ、1個買ったら、もう2個オマケしてくれたぜ。イイだろう?」
もはやオマケのほうが多い。
「君が脅したんじゃないの?」
「脅してねえよ。俺は、このジャムひとつ、って言っただけだぞ」
「本人にその気がないだけか」
「人を悪モン扱いしてんじゃねえぞ、コラ」
「マフィアのくせに」
ディーノは薄く笑った。
「調子乗ってんじゃねえぞ、バンビーノ」
地雷を踏んだ、と思った時には既に抵抗する暇さえなかった。
「てめえは、クソガキのくせに生意気なんだよ」
一瞬のうちに胸倉を掴まれ、シートに押し倒されていた。
僕を見下ろして、マフィアが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「今ここで、お前の息が止まるまで、首を押さえ付けてやってもイイんだぜ?
俺に手も足も出せねえくせに。自分が無力なガキだと思い知れ。
島に居るうちは、王子だか伯爵だか言われて、
ちやほやされてっかもしれねえがな、外に出たら通用しねえぞ?」
どうして僕が、マフィアに説教されなきゃいけないの。
「あのガッコじゃ、口の利き方を教わんねえんだろ?
俺様が直々にキョーイクしてやろうか? 唇と舌の使い方ってヤツをな?」
顎を持ち上げられた。
「クソ生意気なバンビーノには、オトナがしっかりお仕置きしてやんねえとな」
濃い顔が近付いてくる。逃げ場はない。
反撃を覚悟した上で、彼の手首を掴もうと考えた、その時。
「兄貴、お楽しみ中のところ、すいやせん」
運転手の声。興を削がれたのか、ディーノの手が離れた。
その隙に身体を起こすことができた。
「ンだよ、フィオ。今いっちばんイイトコだろ? 妬くんじゃねえって」
妬いてません、と笑った後、フィオラノは言った。
「姫さん、後ろ振り向かないで下さいね? 3台後ろの白い車、付いて来てるみたいです」
僕はドアミラーで後方を確認した。1、2、3台目。確かに白いボディの車が走ってる。
「次の信号で右に曲がってみますので、見ていて下さいね?」
僕達の車が曲がると白い車も後を追ってきた。
ディーノは、フン、とめんどくさそうに言った。
「いつからだ?」
「五分程前からです」
「フクメンか、それとも」
「ポリ公にしてはお上品な運転ですね」
「ま、一番に考えられんのはお姫様の追っかけか。ったく、お前とのデートは退屈しねーなー」
嫌味を言われたのに、言い返せなかった。
「撒きますか」と運転手。
「ココでカーチェイスすんのは目立つだろ。並ばれない限りは撃ってくることもねえだろうしな。
暫く様子見だ。スリリングなドライブを楽しもうぜ」
「了解」
ディーノが真面目な顔をして、僕を見る。
「いいか? 弾は真っ直ぐにしか飛ばねえ。俺が合図したら、すぐに伏せろ」
「うん」
僕の顔を見て、ディーノは笑った。
「なんだ? 今からビビってんのか、お姫様?」
「別に」
「俺が居んだぞ? お前の指一本だってくれてやるかよ」
むかつく。
マザコンのくせになまいきだ。
fin
Fw:ディーノのくせになまいきだ。
2009.06.21 (Sun) | Category : memo
ジャム専門店から一歩外に出ると、うだるような暑さに出迎えられた。
「これで、おつかい完了ってか」
イタリアーノ特有の濃い顔に、暑苦しい顎髭を蓄えた男。
シチリアンマフィアの中でも血塗られた歴史を持つマンゾーニ家。
その次期ボスとなる男が、僕のボディーガード、ディーノ・マンゾーニ。
ディーノが傍に居ると余計に暑く感じるのは、気のせいではないと思う。
「ま、俺様が案内してやったから、やっとできたってかんじだな」頬を指差す。■「お姫様、ありがとうのチューは?」
無視して、通り過ぎる。
■「ちっ。ベッドまでオアズケかよ」
暑くて、言い返す気にもならない。
店の前に停めた車に戻る。ディーノが気に入っている赤い車だ。
僕達の姿を見て、運転手を務める若い男が車を降りた。僕達が乗る時にドアを開ける為だろう。
車の前でディーノが突然立ち止まった。深刻な顔をしている。僕は少し不安になった。
「ディーノ?」
「そのジャム、ママに買っていったら喜んで貰えるかな」
ディーノは若い運転手にこう言った。
「フェリ。俺も買ってくるから、ちょっと待っとけ」
運転手は笑って「へい。じゃ、姫さんはお先に車へどうぞ」
後部座席のドアを開けてくれた。
車内は外とは別世界の如く涼しかった。
僕以外に二人の男が乗っている。どちらもマンゾーニ家の舎弟だ。
運転席に居るのはフェリーチェ。
マフィアにしておくには惜しい気さえする、眼鏡を掛けた優男だ。
助手席には短い黒髪の無口な男。彼の名前はまだ解らない。
運転手のフェリーチェが僕に話し掛けてきた。
■「先生へのお土産は買えましたかい? 足りなければどこへでもお連れしやすよ、姫さん」
「その呼び方、止めてくれない?」
「すいやせん。ディーノの兄貴がお姫様って呼んでるもんですから、
つい移っちまいまして。では『姐さん』とお呼びしやすね」
「そんなに、僕が女性に見える?」
「割と」
「何だって?」
「ああ、すいやせん、すいやせん。じゃあ今後は『アンリの兄貴』と」
「それも嫌」
「ははっ、ワガママですねえ、姫さんは」
人当たりが柔らかく、イタリアーノにしては顔立ちも、かなり爽やかだ。
イタリア訛りはあるものの、彼は英語も話せるし、馬鹿にも見えない。
秘密結社の構成員より小学校の先生向きの男に見える。兼ねてからの疑問がつい口をついた。
「君ってマフィアっぽくないよね。どうして君みたいな人が、マフィアやってるの?」
「姫さんが自分に興味を持ってくれるのなんて初めてですね」
笑顔を見せた後、フェリーチェはこう答えた。
「自分はディーノの兄貴に拾って頂いたんです。それだけです」
嘘ではない。それが僕には不思議だった。
マンゾーニ家のボスはカルロ・マンゾーニ。息子のディーノはアンダーボス。つまり、No.2だ。
これまでも構成員達の言動から、ディーノのカリスマ性は見て取れた。悔しいくらいに。
ルームミラーの中の運転手が、僕に笑い掛ける。
「自分じゃ頼りなく見えるかもしれませんが、心配しなくても、
兄貴が姫さんを可愛がってる限り、姫さんのことは、自分達が命を掛けてお守り致しやすよ」
民間の警備会社より、マフィアのほうが優れているのは、その圧倒的な結束力だ。
守って、と頼んたのは僕だけど、未だに信じられない。
マフィアのは、ボスが友人と認めた僕のことを、守ってくれる。例え、自分が死ぬことになっても。
「待たせたな」
ディーノが帰ってきて、僕の隣に座った。
赤いフェラーリが動き出す。
アンダーボスは買ってきた物を僕に見せびらかしてきた。
「ほれ、1個買ったら、もう2個オマケしてくれたぜ。イイだろう?」
■
もはやオマケのほうが多い。
「君が脅したんじゃないの?」
「脅してねえよ。俺は、このジャムひとつ、って言っただけだぞ」
「本人にその気がないだけか」
「人を悪モン扱いしてんじゃねえぞ、コラ」
「マフィアのくせに」
「てめえは、クソガキのくせに生意気なんだよ。
島に居るうちは、王子だか伯爵だか言われて、ちやほやされてっかもしんねえけどなあ、外に出たら通用しねえぞ。
あのガッコじゃ、口の利き方を教わんねえのか? え?」
顎を持ち上げられた。
「そんなに俺様直々にキョーイクされたいか?」
「誰が。勝手なこと言わないで」
「クソ生意気なお子チャマには、オトナがしっかりお仕置きしてやんねえとな」
■■
濃い顔が近付いてくる。ここは車の中。背後に逃げ場はない。
反撃を覚悟した上で、彼の手首を掴もうと考えた、その時。
「兄貴、お楽しみ中のところ、すいやせん」
運転手の声。興を削がれたのか、ディーノの手が離れた。
「ンだよ、フェリ。妬くんじゃねえって」
妬いてません、と笑った後、フェリーチェは言った。
「姫さん、後ろ振り向かないで下さいね? 3台後ろの白い車、付いて来てるみたいです」
僕はドアミラーで後方を確認した。1、2、3台目。確かに白いボディの車が走ってる。
「次の信号で右に曲がってみますので、見ていて下さいね?」
この車が曲がると白い車も後を追ってきた。
ディーノは、フン、とめんどくさそうに言った。
「いつからだ?」
「五分程前からです」
「フクメンか、それとも」
「ポリ公にしてはお上品な運転ですね」
「ま、一番に考えられんのはお姫様の追っかけか。ったく、お前とのデートは退屈しねーなー」
嫌味を言われたのに、言い返せなかった。
「撒きますか」と運転手。
「ココでカーチェイスすんのは目立つだろ。並ばれない限りは撃ってくることもねえだろうしな。
暫く様子見だ。スリリングなドライブを楽しもうぜ」
「了解」
ディーノが真面目な顔をして、僕を見る。
「いいか? 弾は真っ直ぐにしか飛ばねえ。俺が合図したら、すぐに伏せろ」
「うん」
僕の顔を見て、ディーノは笑った。
「なんだ? 今からビビってんのか、お姫様?」
「別に」
「俺が居んだぞ? お前の指一本だってくれてやるかよ」
むかつく。
マザコンのくせになまいきだ。
fin
ディーノのくせになまいきだ。
2009.06.19 (Fri) | Category : memo
ジャム専門店から一歩外に出ると、うだるような暑さに出迎えられる。
「これで、おつかい完了ってか」
ディーノ・マンゾーニ。
暑苦しい顔が隣に居て、余計に暑い。
「ま、俺様が案内してやったから、やっとできたってかんじだな」頬を指差す。「ありがとうのチューは?」
無視して、通り過ぎる。
「ちぇっ。夜までオアズケかよ」
店の前に停めた車に戻る。ディーノが気に入っている赤のフェラーリだ。
車の前でディーノが突然立ち止まった。深刻な顔をして、何か考え込んでる。
「ディーノ?」
「そのジャム、ママに買っていったら喜んで貰えるかな」
ディーノは若い運転手にこう言った。
「フェル。俺も買ってくるから、ちょっと待っとけ」
「へい」
ディーノが店に戻っていく。運転手はドアを開けてくれた。
「じゃ、姫さんはお先に車へどうぞ」
後部座席に通された。車内は僕以外に二人。
運転手はマンゾーニ家の舎弟、名はフェルナンド。
マフィアにしておくには惜しい気さえする、眼鏡を掛けた優男だ。
助手席には短い黒髪の無口な男。彼の名前はまだ解らない。
運転手のフェルナンドが僕に話し掛けてきた。
「先生へのお土産は買えましたかい? 姫さん。足りなければどこへでもお連れしやすよ」
「その呼び方、止めてくれない?」
「すいやせん。ディーノの兄貴がお姫様って呼んでるもんですから、
つい移っちまいまして。それじゃあ、今後は『アンリの兄貴』と」
「それも嫌」
「ははっ、ワガママですねえ、姫さんは」
人当たりが柔らかく、イタリアーノにしては顔立ちも、かなり爽やかだ。
秘密結社の構成員より小学校の先生向きの男に見える。兼ねてからの疑問がつい口をついた。
「君ってマフィアっぽくないよね。どうして君みたいな人が、マフィアやってるの?」
「姫さんが自分に興味を持ってくれるのなんて初めてですね」
笑顔を見せた後、フェルナンドはこう答えた。
「自分はディーノの兄貴に拾って頂いたんです。それだけです」
嘘ではない。それが僕には不思議だった。
マンゾーニ家のボスはカルロ・マンゾーニ。息子のディーノはアンダーボス。つまり、No.2だ。
これまでも構成員達の言動から、ディーノのカリスマ性は見て取れた。悔しいくらいに。
ルームミラーの中の運転手が、僕に笑い掛ける。
「自分じゃ頼りなく見えるかもしれませんが、心配しなくても、
兄貴が姫さんを可愛がってる限り、姫さんのことは、自分達が命を掛けてお守り致しやすよ」
民間の警備会社より、マフィアのほうが優れているのは、その圧倒的な結束力だ。
守って、と頼んたのは僕だけど、未だに信じられない。
マフィアのは、ボスが友人と認めた僕のことを、守ってくれる。例え、自分が死ぬことになっても。
「待たせたな」
ディーノが帰ってきた。僕の隣に座る。
「出発しやす」
赤いフェラーリが動き出す。
次期ボスは、買ってきた物を僕に見せびらかしてきた。
「ほれ、1個買ったら、もう2個オマケしてくれたぜ。イイだろー?」
オマケのほうが多い。
「それ、君が脅したんじゃないの?」
「脅してねえよ」
本人にその気がないだけか。
「兄貴。お楽しみ中のところ、すいやせん」
運転手が声を掛けた。
「んー?」
「二台後ろの白い車、付いて来てます」
ディーノは、フン、とめんどくさそうに言った。
「いつからだ?」
「五分程前からです」
「フクメンか、それとも」
「ポリ公にしてはお上品な運転ですね」
「ま、一番に考えられんのはお姫様の追っかけか。ったく、お前とのデートは退屈しねーなー」
「撒きますか」
「ココでカーチェイスすんのは目立つだろ。並ばれない限りは撃ってくることもねえだろうしな。
暫く様子見だ。スリリングなドライブを楽しもうぜ」
「了解」
ディーノが真面目な顔をして、僕を見る。
「いいか? もし、並ばれそうになったら教えてやるから、すぐに伏せろ」
「うん」
「なんだ? 今からビビってんのか、お姫様?」
「別に」
「俺が居んだぞ? お前の指一本だってくれてやるかよ」
むかつく。
マザコンのくせになまいきだ。
fin
Fw:なまいきだ。
2009.06.19 (Fri) | Category : memo
ジャム専門店から一歩外に出ると、うだるような暑さに出迎えられる。
「これで、おつかい完了ってか」
ディーノ・マンゾーニ。
暑苦しい顔が隣に居て、余計に暑い。
「ま、俺様が案内してやったから、やっとできたってかんじだな」頬を指差す。「ありがとうのチューは?」
無視して、通り過ぎる。
「ちぇっ。夜までオアズケかよ」
店の前に停めた車に戻る。ディーノが気に入っている赤のフェラーリだ。
運転手はマンゾーニ家の舎弟、名はフェルナンド。
マフィアにしておくには惜しい気さえする、眼鏡を掛けた優男だ。
ディーノが突然立ち止まった。
マンゾーニ家の次期ボスが深刻な顔をして、何か考え込んでる。
「ディーノ?」
「そのジャム、ママに買っていったら喜んで貰えるかな」
「おい、フェル。ちょっと待っとけ。ママにジャム買ってく」
「へい。じゃ、姫さんは車にどうぞ」
「先生へのお土産は買えましたかい? 姫さん」
「その呼び方、止めてくれない?」
「すいやせん。兄貴がお姫様って呼んでるもんですから、つい移っちまいまして」
ちげえねえや
むかつく。
マザコンのくせになまいきだ。
(no subject)
2009.06.18 (Thu) | Category : memo
「おや。旅行に行くのかね?」
背後に神秘学の講師が立っていた。
「……オーギュスト。勝手に部屋の中に入ってこないでって言っているでしょう。それから、旅行じゃなくて仕事だから」
「今度はどこに行くのかな?」
「シチリア」
「この時期は暑そうだね」
「解ってるよ。用がないなら出て行ってくれないかな、ボージェ教授」
彼は手帳に何か書いて、そのページを差し出した。
それを僕は受け取らずに、文字だけ読んだ。
書かれていたのは、どこかの店の住所と商品名。
「ブラッドオレンジジャム 2瓶? 何これ?」
「お買い物メモだよ。ブラッドオレンジはシチリアの名産品でね。
紅茶に入れると美味しいんだ。ウーティス寮用と私の研究室用で2つ、ね?」
「僕に買ってこいって言ってるの?」
「アンリはちゃんとお使いできるかな?」
「幼児扱いは」
むかつく。
教師のくせになまいきだ。
むかつく。
ファザコンのくせになまいきだ。
(no subject)
2009.06.16 (Tue) | Category : memo
ジョシュア達は次々に声を掛ける。
「やあ、ミハイル。こんにちは」
「こ、こんにちは、ジョシュア」
「よく来たなあ、ミハイル。俺様の映画について聞きに来たのか?」
「えっ、あの、あのね」
ユウタが代わりに答える。
「ブブー。今日はレッドじゃないよ。さ、ミハイル、こっちこっちー」
ユウタはミハイルの背中を押して、僕の前にやってきた。
ほらミハイル、と囁かれて、彼は一歩前に出た。
「あ、あのっ、アンリ」
なんでミハイルは、僕に話し掛ける時、いつも怯えているんだろう。
「ぼ、ぼくと、一緒に遊んでくれませんかっ」
たったそれだけのことを言うのに、
持てる勇気を振り絞ったみたいな態度は止めて貰いたい。
けれど、彼が僕を誘う遊びと言えば。
「チェス?」
「あっ、ち、違うの。チェスじゃなくてごめんね、ぼくのせいで」
「いちいち謝らなくていいから、さっさと言って」
「えっとね、あのね、ぼくと、せっ」
「せ?」
「せ、戦争ごっこ、してほしいのっ」
ユウタは、よく言えたね、とでもいうようにミハイルに笑顔を見せている。
そんなに賞賛されるべき言動には思えないけれど。
「戦争ごっこ、というと、前に君がやっていたアクティヴィティのことだよね?」
ニチームに分かれ、各司令官、指示の下、訓練用ペイント弾を打ち合う。
生き残った兵隊が多いほうが勝ち。
服が派手に汚れるだけで実害はないが、れっきとした軍事レクチャーだ。
前回、僕は参加していない。
その時の司令官役は、ミハイルと彼の兄イワン。勝者はミハイルだった。
「あの時ね、とっても面白かったから、第二回目をしたくて、それで」
「僕に、君の敵となる司令官をやって欲しい、というわけ?」
ミハイルは必死に頷く。
「う、うん。アンリはチェスとっても強いから、戦争ごっこもきっと強いと思ったの。だ、だめ、かな?」
むかつく。
泣き虫のくせになまいきだ。
むかつく。
ドライバーのくせになまいきだ。
むかつく。
教師のくせになまいきだ。
むかつく。
変態のくせになまいきだ。
むかつく。
ファザコンのくせになまいきだ。
ジョシュアのくせになまいきだ
2009.06.15 (Mon) | Category : memo
アンリの一人称でアンリの日記風
ジョシュアとのあるワンシーンでアンリが最終的にむかつく話
最後が
むかつく。
王子のくせになまいきだ。
・超短編で全員分とか。無謀かな。
王子のくせになまいきだ。
役者バカのくせになまいきだ。
サムライオタクのくせになまいきだ。
眼鏡のくせになまいきだ。
弟のくせになまいきだ。
泣き虫のくせになまいきだ。
ドライバーのくせになまいきだ。
教師のくせになまいきだ。
変態のくせになまいきだ。
ファザコンのくせになまいきだ。
止まない雨
2009.06.15 (Mon) | Category : memo
真面目な受講生が揃っているというよりは、無口な人間の集まりだから。
君はチョークを手にして、僕達生徒に背を向けた。
「これが表すものは」
黒板の中央上部より、やや左でチョークを掲げる。
解説しながら、君はそれを描き始めた。
「始まりと終わりの一致、生と死の一致、輪廻転生」
大きな白い円になる。
ただ、書き始めの部分は繋がっていないので、壺のような絵にも見える。
「復活、『一は全、全は一』、無限の時間」
一重円が、二重円になっていくが、
まだ上部は塞がっていないので、
「語源は、『尾を飲み込む者』という意味の古代ギリシャ語で」
空白だった、壺の口の部分がちょこちょこと書き足される。
絵心まで持ち合わせているらしい。ちゃんと、自分の尾を咥えた蛇の頭になった。
「錬金術に於いては、賢者の石の象徴。それが」
僕達のほうを向く。
「この、ウロボロス」
コンコン、と黒板をノックする。
君は時々そうする。試験に出るのかと思ってノートにメモする生徒も居るが、
彼にそのつもりはない。ただの嫌味な癖だ。
「数学で無限大を意味する、この記号」
蛇の隣に∞を描く。
「このインフィニティも、ウロボロスがモデルだという説があるんだよ」
そこでチョークを置き、手を少し払う。
「錬金術師は、言わば、無限の命、無限の財産を手に入れようと、
賢者の石を追い求めたと言える。諸君は無限を手にしたいと思うかい?」
生徒達の顔を見渡す。いつものように、発言する者は居ない。
君はにこやかに微笑んだ。
「聡明な諸君は、無限の愚かさを理解しているだろうね。
限りがあるから美しい、これは真理だと、私は思うよ」
鐘が鳴った。講義終了の合図だ。
君は天を見上げた。そこには何もないのに。
「おや、中途半端なところで終わってしまったね。すまない。
続きは次回にしよう。では、ごきげんよう、諸君」
その後は普段通り、黒板を消していた。
確かに君は、夕方まで教壇にいて、神秘学の特別講師として立っていた。
だけど今は、僕のベッドの中に居る。
僕のすぐ隣で、透けるような鎖骨を晒してる。
「ねえ、オーギュ」
「ん? なんだね? アンリ」
「結局さ」
今夜は雨。さっきまでは気にならなかったけれど。
「僕と君って、血族なわけでしょう? 始祖と末裔だから、近親とは言えないけれど」
「それが、どうかしたかい?」
「僕に素性がバレたのに、まだこういうことして、良いと思ってる?」
長くて弱い雨音が一番嫌い。
「私は既に、人として大きな禁忌を犯してる。
今更、ひとつ罪を重ねるくらい、大したことではないよ」
「悪い大人」
「そうだね。良い子は私のようになってはいけないよ」
始祖が末裔の髪を撫でる。
「もし僕が」
優しく触れられるのは、好きじゃない。
「賢者の石を飲んでみたい、と言ったら、どうする?」
「良い子は私のようになってはいけないと言っただろう?」
「いつか、僕が死んだら、君はどうするの?」
「生き続けるよ、それが大罪を犯した罰だから」
「僕を騙して、石を飲ませるチャンスは今まで幾らでもあったのに、どうして」
「可愛いアンリに石を飲ませるつもりは最初からないよ」
「じゃあ、何故、僕の前に現れたの?」
「君が生まれる前から、君を愛していたから」
「なら、僕に石を渡してよ」
「それはできないよ」
「矛盾してる」
「ごめんね、アンリ。ありがとう」
僕の髪に口付ける。
「君の言動は矛盾ばっかりだ」
憂鬱な雨音がまだ止まない。
fin
怠惰
2009.06.13 (Sat) | Category : memo
雨が降ってる
「ねえ、オーギュ」
「ん? なんだね?」
「結局さ」
しとしとと雨の音が聞こえる。
「僕と君って、血族なわけでしょう? 始祖と末裔だから、近親とは言えないけれど」
「それが、どうかしたかい?」
「僕に素性がバレたのに、まだこういうことして、良いと思ってる?」
「私は既に、人として大きな禁忌を犯してる。
今更、ひとつ罪を重ねるくらい、大したことではないよ」
「悪い大人」
「そうだね。良い子は私のようになってはいけないよ」
雨の描写
オギュアン
2009.06.13 (Sat) | Category : memo
「ん? なんだね?」
「結局さ」
しとしとと雨の音が聞こえる。
「僕と君って、血族なわけでしょう? 始祖と末裔だから、近親とは言えないけれど」
「それが、どうかしたかい?」
「僕に素性がバレたのに、まだこういうことして、良いと思ってる?」
「私は既に、人として大きな禁忌を犯してる。
今更、ひとつ罪を重ねるくらい、大したことではないよ」
「悪い大人」
「そうだね。良い子は私のようになってはいけないよ」
Fw:ラストシーン 4/4
2009.06.12 (Fri) | Category : memo
■ラストシーン 3/4 続編
「彼は『しょうがないなあ』と言いながら、メモ帳を1ページ破って、書いてくれました。
ブライアン・シュミットが想う、映画のレゾンデートルを」
そこまで話すと、シルヴァンは顔を上げ、アルフレッドを見つめた。
「その時のメモ帳を、僕は今も持っています」
「ここにあるのか? この部屋に」
「はい」
「じゃあ、あんたが俺に見せたい物があるって言ってたのは」
「ええ。君が入学したら、早く見せようと思ったのに。すみません。今まで黙っていて」
「いいんだ、俺に気ぃ遣ってくれたんだろ?」
シルヴァンは、首を横に振った。
■「僕は、きっと、誰にも見せたくなかっただけなんです。
世界で、たった一枚しか残らなかったサインを、僕だけの物にしたかっただけかもしれません」
■ごめんなさいアルフレッド、と謝る奴に、責める言葉は掛けられなかった。
「アルフレッドが望むなら、今ここでお見せします。ブライアン本人以外から、
伝えられるのは不本意かもしれませんが。どうしますか? アルフレッド」
返事は決まっていた。
「見せてくれるか」
「ええ」
シルヴァンは机に向かった。一番上の引き出しを開けて、小箱を手に取った。
箱の中には、細々とした物が幾つか入っているようで、
アルフレッドがちらりと見た物には、まるで統一性が見られなかった。
サビついたバッジ、ペシャンコの白い絵の具のチューブ、折り畳まれた新聞の切り抜き。
シルヴァンは、箱の底のほうから一枚の紙切れを取り出した。
「これが、ブライアンが書いた、サイン色紙です」
無地の小さなメモ用紙。アルフレッドはひとつ息を吐いてから、それを見た。
真っ白な四角に、黒のボールペン。綺麗な筆跡だ。
細いけれど、しっかりした字で、こう書いてあった。
――映画は、楽しい明日へのチケット。 ブライアン・シュミット――
アルフレッドは、ハン、と笑った。青い瞳は潤んでいた。
「イミわかんね。どこまで詩人なんだよ」
「ブライアンはこんなことを言っていました。
辛くて悲しくて退屈な毎日でも、いい映画を見て、笑ったり泣いたりした後は、
気持ちがすっきりして、明日からもまたやっていこうって気分になるだろう?
楽しい明日を約束してくれる。だから、映画は必要で、廃れないんだ。
映画を見る前は、世の中に絶望していた人でも、
映画館を出る時には、自分の居る世界が、昨日より少し好きになってる。
僕もそういう作品を作りたいんだ、って」
「じゃあ、なんで作らなかったんだよ!」
アルフレッドはの拳がテーブルを打ちつける。
「1シーンだって撮れなかったくせに、ばかやろう……」
語尾は擦れて、消えていくようだった。
アルフレッドの肩が小さく震えているのに、シルヴァンは気付いた。
項垂れた髪の隙間から、透明な雫が頬を伝うのが見えた時、
シルヴァンはアルフレッドを腕の中に包み込んだ。
「ほんと、大馬鹿野郎ですよ」
それから数日過ぎた放課後。
暦の上では秋だが、まだ夏のような日が続いていた。
日もまだ長く、ウーティス寮サロンの窓からは燦々と強い日差しが差し込んでいる。
夏の似合う男が、勢い良くドアを開けた。
「やあ、ウーティスの諸君! お邪魔するよ!」
今日も元気に登場したのはテオだった。
住んでいる寮はシュヌーシアだが、生徒代表だからか、彼はこの寮にもよく訪れる。
「みんな、今日も一日お疲れ様っ! おやっ?」
返事がない。メインテーブルの周りには誰も居なかった。
「なんだ、まだ誰も来ていないのか」
ペラ、と本のページが捲れる音が聞こえた。
そちらのほうを見やると、ソファに埋もれている生徒の頭の先が見えた。
テオは両手を広げながらニコニコと隅のテーブルに向かう。
「読書中だったんだね、プリンセス」
膝の上に視線を落としていたのは、テオが思った通りの人物だった。
ウーティス寮の高等部二年、アンリ=ユーグ=ド=サン・ジェルマン。
テオは王子さながら、アンリの前で片膝を着いた。
「ああ、何度見ても美しい。今日の君はハバネロの花のようだ」
花に見立てられた男子生徒は、気だるげに頬杖を突いて、
「僕、君に、悪口を言われるようなことしたかな?」
「ハバネロの花を見たことがないのかい? 植物園にも咲いているから、次の夏は探してみるといい。
小さく真っ白で、それはそれは可愛らしい花なのだよ? まるで君のように」
静かにドアが開いた。テオと目が合ったのは、赤い瞳。
ウーティス寮に住むジョシュア・グラントである。一学年先輩のテオを見て、後輩はすぐに挨拶した。
「あっ、来ていたんですね。こんにちは、テオ」
「やあ、ジョシュア。お邪魔しているよ。今日の君は赤いスイートピーのようだね?」
テオの口から紡がれる華美な言葉。その真意などはジョシュアにもよく解らないのだが、
彼の言動に悪気がないのは解るし、きっと褒めてくれたのだろうと思ったので、一応お礼は言った。
「えっと、俺、紅茶でも淹れましょうか?」
「相変わらず優しいねえ、ジョシュアは。ありがとう」
僕も、と言うバニラボイスが呟かれる。
「はいはい」
と笑って、ジョシュアは自分の分を含め、三人分の紅茶を淹れた。
その間、テオは一方的にアンリに話し掛け、盛り上がらない会話を楽しんでいた。
「お待たせしました。どうぞ、テオ」
ジョシュアは先輩の前にティーカップを置く。
続いてアンリの前へ「セカンドフラッシュのダージリンだよ」
最後に自分のカップを取った。三人はほぼ同時に紅茶を口に運んだ。
夏摘み紅茶のマスカットのような香りを楽しんだ後、アンリは異物を見るような目をして、
「で、貴方はウーティスに何しに来たの? テオ」
邪魔だから早く出ていってくれない、と言わんばかりの口振りだ、
とジョシュアは感じたが、テオは全く気にならなかった様子で、
「ああ、そうそう。今日はアルフレッドに声を掛けに来たのだよ。
本格的な秋に入る前に、あと一回くらいはサーフィンができそうだよ、と知らせにね」
「アルフレッドに用事だったんですか?」ジョシュアは申し訳なさそうに、
「すみません。彼ならシルヴァンと街へ遊びに行ったんだと思います。
さっき、タクシーに乗るのを見掛けたので」
「シルヴァンと?」テオが聞き返す。
「ええ。最近は、毎日のように、二人で出掛けているみたいですよ」
「急に、つるむようになったよね、あの二人。おかげで食事が煩くなって、すごく迷惑。
片方、シュヌーシアに連れて行って欲しいくらいだよ」
「アンリ、噛み付くなよ。あの、連れて行かないで下さいね、テオ」
「ああ、もちろん。シルヴァンとアルフレッドが同じ寮になったのは、きっと運命だから」
そう言ってティーカップに口付けた。ジョシュアとアンリは顔を見合わせる。
疑問を浮かべた二人の顔を、テオは笑顔で受け止めるだけだった。
「さて。アルフレッドが海より楽しい場所を見つけられたのなら、
私の船に乗せる必要もなくなってしまったな。ああ、そうだ。
アンリ、私と夜明けのクルーズにでも出掛けるかい? 甘いケーキと紅茶も用意するよ?」
「ケーキで僕が釣れると思った?」
「今日はまた、一段と美しい、氷の微笑だね」
「失礼致します」
初老の紳士がドアを開けた。シュヌーシア寮のバトラーだ。
「テオ様、生徒代表室にお電話が。ミーティングのお時間のようです」
「えっ?」
生徒代表は掛け時計を見上げた。
「これは大変だ。すっかり忘れてしまっていた。あ、美味しい紅茶と楽しい時間をありがとう。
名残惜しいが失礼するよ。またね、美しいウーティスの花達」
生徒代表がドアの向こうに消える。しん、となったサロンで、アンリが呟いた。
「あの人には、ここがお花畑にでも見えるのかな」
聖アルフォンソ島南西部。
海の近くに小さなコテージがある。ここに住む男はPCの前でのんびりと煙草を吹かしていた。
海と同じ色のYシャツに、だらりとぶら下げたネクタイ。
開け放した窓。まだ少し夏の匂いが残る潮風に、長い金髪の先を時々弄ばれる。
デスクに置かれている小型ラジオは、待ちぼうけを食らっている彼をレゲエであやしていた。
PC画面に、生徒代表が映った。
「すまない、アイヴィー。待たせてしまったね。泣いてないかい?」
アイヴィーは吹き出しながら、「泣かねえよ」と煙草を灰皿に置き、ラジオを切った。
テオは画面の隅ある時計を見ながら、
「16時の待ち合わせだったのに、30分も遅れてしまったね、すまない」
「いんや。今日は急ぎの用事じゃねえし。こっちこそ、ちょくちょく呼んで悪い。
じゃ、サクッとミーティングしちまうか」
理事会のメールを元に、学院側、警備側の情報を交換する。
本番はまだ先だが、ミーティグ上では『文化祭』の文字が出てくるようになった。
今日のところは、まだ切羽詰まった状態ではなく、文化祭当日までのスケジュール確認が主な議題だった。
「まあ、こんなかんじで進んでいくから、よろしくな」
「うん」
「ん? 今日は元気ないじゃん?」
「いや。生徒代表という任務は、思ったより、大変ではないなあ、と思ってね。
就任時は、もっと毎日忙しくなるのだろうと覚悟していたのだけど、
難しいことはアイヴィーがサポートしてくれるし、
警備、理事会の皆さんや、学院の先生方、職員の方々が、私に協力してくれるから」
「お前さんは、去年のクラウスを見てたからなあ。
あいつは、そこまでやらんでも、ってとこまでやらないと気が済まないタイプだったからなあ。
仕事を自分で増やすから、いつも忙しそうに見えただけさ」
「成程、そうだったのか」
階下のガレージから物音が聞こえてきた。
「わ、こんな時に」
「どうしたんだい? アイヴィー」
「悪ぃ、誰か来たみたいだ。ミーティングは一応終わってるよな。今日はこの辺でお開きでいいか?」
「うん、そうだね。ではまた」
「ん。お疲れさん」
一階から螺旋階段を上がってくる音が近付いてくる。
アイヴィーは手早くパソコンをシャットダウンさせ、耳を澄ます。今度は人の声。
「おい、シルヴァン。勝手に上がっていいのかよ?」
「大丈夫ですよ。二階はあちこち散らかってますが、寛いでって下さいね、レッド」
今までは一人分しか聞こえなかった声が、今日は二人分聞こえた。
アイヴィーは立ち上がって、頭を掻く。
「やれやれ。なんか増えてるな」
我が家のように部屋に入ってきたのは、このうちによく遊びに来るマージナルプリンス。
「こんにちは、アイヴィー。今日はもう一人連れて来ましたー!」
嬉しそうな顔しやがって、とアイヴィーは心の中で呟いた。
「紹介しますね。こちら、僕の新しい友達、アルフレッド・ヴィスコンティです!」
fin
ラストシーン 4/4
2009.06.12 (Fri) | Category : memo
■ラストシーン 3/4 続編
「彼は『しょうがないなあ』と言いながら、メモ帳を1ページ破って、書いてくれました。
ブライアン・シュミットが想う、映画のレゾンデートルを」
そこまで話すと、シルヴァンは顔を上げ、アルフレッドを見つめた。
「その時のメモ帳を、僕は今も持っています」
「ここにあるのか? この部屋に」
「はい」
「じゃあ、あんたが俺に見せたい物があるって言ってたのは」
「ええ。君が入学したら、早く見せようと思ったのに。すみません。今まで黙っていて」
「いいんだ、俺に気ぃ遣ってくれたんだろ?」
シルヴァンは、首を横に振った。
「僕はただ、世界でたった一枚しか残らなかったブライアンのサインを、
誰にも見せずに、自分だけの物にしたかっただけかもしれません」
ごめんなさい、と謝る男を、アルフレッドは責めなかった。
「アルフレッドが望むなら、今ここでお見せします。ブライアン本人以外から、
伝えられるのは不本意かもしれませんが。どうしますか? アルフレッド」
返事は決まっていた。
「見せてくれるか」
「ええ」
シルヴァンは机に向かった。一番上の引き出しを開けて、小箱を手に取った。
箱の中には、細々とした物が幾つか入っているようで、
アルフレッドがちらりと見た物には、まるで統一性が見られなかった。
サビついたバッジ、ペシャンコの白い絵の具のチューブ、折り畳まれた新聞の切り抜き。
シルヴァンは、箱の底のほうから一枚の紙切れを取り出した。
「これが、ブライアンが書いた、サイン色紙です」
無地の小さなメモ用紙。アルフレッドはひとつ息を吐いてから、それを見た。
真っ白な四角に、黒のボールペン。綺麗な筆跡だ。
細いけれど、しっかりした字で、こう書いてあった。
――映画は、楽しい明日へのチケット。 ブライアン・シュミット――
アルフレッドは、ハン、と笑った。青い瞳は潤んでいた。
「イミわかんね。どこまで詩人なんだよ」
「ブライアンはこんなことを言っていました。
辛くて悲しくて退屈な毎日でも、いい映画を見て、笑ったり泣いたりした後は、
気持ちがすっきりして、明日からもまたやっていこうって気分になるだろう?
楽しい明日を約束してくれる。だから、映画は必要で、廃れないんだ。
映画を見る前は、世の中に絶望していた人でも、
映画館を出る時には、自分の居る世界が、昨日より少し好きになってる。
僕もそういう作品を作りたいんだ、って」
「じゃあ、なんで作らなかったんだよ!」
アルフレッドはの拳がテーブルを打ちつける。
「1シーンだって撮れなかったくせに、ばかやろう……」
語尾は擦れて、消えていくようだった。
アルフレッドの肩が小さく震えているのに、シルヴァンは気付いた。
項垂れた髪の隙間から、透明な雫が頬を伝うのが見えた時、
シルヴァンはアルフレッドを腕の中に包み込んだ。
「ほんと、大馬鹿野郎ですよ」
それから数日過ぎた放課後。
暦の上では秋だが、まだ夏のような日が続いていた。
日もまだ長く、ウーティス寮サロンの窓からは燦々と強い日差しが差し込んでいる。
夏の似合う男が、勢い良くドアを開けた。
「やあ、ウーティスの諸君! お邪魔するよ!」
今日も元気に登場したのはテオだった。
住んでいる寮はシュヌーシアだが、生徒代表だからか、彼はこの寮にもよく訪れる。
「みんな、今日も一日お疲れ様っ! おやっ?」
返事がない。メインテーブルの周りには誰も居なかった。
「なんだ、まだ誰も来ていないのか」
ペラ、と本のページが捲れる音が聞こえた。
そちらのほうを見やると、ソファに埋もれている生徒の頭の先が見えた。
テオは両手を広げながらニコニコと隅のテーブルに向かう。
「読書中だったんだね、プリンセス」
膝の上に視線を落としていたのは、テオが思った通りの人物だった。
ウーティス寮の高等部二年、アンリ=ユーグ=ド=サン・ジェルマン。
テオは王子さながら、アンリの前で片膝を着いた。
「ああ、何度見ても美しい。今日の君はハバネロの花のようだ」
花に見立てられた男子生徒は、気だるげに頬杖を突いて、
「僕、君に、悪口を言われるようなことしたかな?」
「ハバネロの花を見たことがないのかい? 植物園にも咲いているから、次の夏は探してみるといい。
小さく真っ白で、それはそれは可愛らしい花なのだよ? まるで君のように」
静かにドアが開いた。テオと目が合ったのは、赤い瞳。
ウーティス寮に住むジョシュア・グラントである。一学年先輩のテオを見て、後輩はすぐに挨拶した。
「あっ、来ていたんですね。こんにちは、テオ」
「やあ、ジョシュア。お邪魔しているよ。今日の君は赤いスイートピーのようだね?」
テオの口から紡がれる華美な言葉。その真意などはジョシュアにもよく解らないのだが、
彼の言動に悪気がないのは解るし、きっと褒めてくれたのだろうと思ったので、一応お礼は言った。
「えっと、俺、紅茶でも淹れましょうか?」
「相変わらず優しいねえ、ジョシュアは。ありがとう」
僕も、と言うバニラボイスが呟かれる。
「はいはい」
と笑って、ジョシュアは自分の分を含め、三人分の紅茶を淹れた。
その間、テオは一方的にアンリに話し掛け、盛り上がらない会話を楽しんでいた。
「お待たせしました。どうぞ、テオ」
ジョシュアは先輩の前にティーカップを置く。
続いてアンリの前へ「セカンドフラッシュのダージリンだよ」
最後に自分のカップを取った。三人はほぼ同時に紅茶を口に運んだ。
夏摘み紅茶のマスカットのような香りを楽しんだ後、アンリは異物を見るような目をして、
「で、貴方はウーティスに何しに来たの? テオ」
邪魔だから早く出ていってくれない、と言わんばかりの口振りだ、
とジョシュアは感じたが、テオは全く気にならなかった様子で、
「ああ、そうそう。今日はアルフレッドに声を掛けに来たのだよ。
本格的な秋に入る前に、あと一回くらいはサーフィンができそうだよ、と知らせにね」
「アルフレッドに用事だったんですか?」ジョシュアは申し訳なさそうに、
「すみません。彼ならシルヴァンと街へ遊びに行ったんだと思います。
さっき、タクシーに乗るのを見掛けたので」
「シルヴァンと?」テオが聞き返す。
「ええ。最近は、毎日のように、二人で出掛けているみたいですよ」
「急に、つるむようになったよね、あの二人。おかげで食事が煩くなって、すごく迷惑。
片方、シュヌーシアに連れて行って欲しいくらいだよ」
「アンリ、噛み付くなよ。あの、連れて行かないで下さいね、テオ」
「ああ、もちろん。シルヴァンとアルフレッドが同じ寮になったのは、きっと運命だから」
そう言ってティーカップに口付けた。ジョシュアとアンリは顔を見合わせる。
疑問を浮かべた二人の顔を、テオは笑顔で受け止めるだけだった。
「さて。アルフレッドが海より楽しい場所を見つけられたのなら、
私の船に乗せる必要もなくなってしまったな。ああ、そうだ。
アンリ、私と夜明けのクルーズにでも出掛けるかい? 甘いケーキと紅茶も用意するよ?」
「ケーキで僕が釣れると思った?」
「今日はまた、一段と美しい、氷の微笑だね」
「失礼致します」
初老の紳士がドアを開けた。シュヌーシア寮のバトラーだ。
「テオ様、生徒代表室にお電話が。ミーティングのお時間のようです」
「えっ?」
生徒代表は掛け時計を見上げた。
「これは大変だ。すっかり忘れてしまっていた。あ、美味しい紅茶と楽しい時間をありがとう。
名残惜しいが失礼するよ。またね、美しいウーティスの花達」
生徒代表がドアの向こうに消える。しん、となったサロンで、アンリが呟いた。
「あの人には、ここがお花畑にでも見えるのかな」
聖アルフォンソ島南西部。
海の近くに小さなコテージがある。ここに住む男はPCの前でのんびりと煙草を吹かしていた。
海と同じ色のYシャツに、だらりとぶら下げたネクタイ。
開け放した窓。まだ少し夏の匂いが残る潮風に、長い金髪の先を時々弄ばれる。
デスクに置かれている小型ラジオは、待ちぼうけを食らっている彼をレゲエであやしていた。
PC画面に、生徒代表が映った。
「すまない、アイヴィー。待たせてしまったね。泣いてないかい?」
アイヴィーは吹き出しながら、「泣かねえよ」と煙草を灰皿に置き、ラジオを切った。
テオは画面の隅ある時計を見ながら、
「16時の待ち合わせだったのに、30分も遅れてしまったね、すまない」
「いんや。今日は急ぎの用事じゃねえし。こっちこそ、ちょくちょく呼んで悪い。
じゃ、サクッとミーティングしちまうか」
理事会のメールを元に、学院側、警備側の情報を交換する。
本番はまだ先だが、ミーティグ上では『文化祭』の文字が出てくるようになった。
今日のところは、まだ切羽詰まった状態ではなく、文化祭当日までのスケジュール確認が主な議題だった。
「まあ、こんなかんじで進んでいくから、よろしくな」
「うん」
「ん? 今日は元気ないじゃん?」
「いや。生徒代表という任務は、思ったより、大変ではないなあ、と思ってね。
就任時は、もっと毎日忙しくなるのだろうと覚悟していたのだけど、
難しいことはアイヴィーがサポートしてくれるし、
警備、理事会の皆さんや、学院の先生方、職員の方々が、私に協力してくれるから」
「お前さんは、去年のクラウスを見てたからなあ。
あいつは、そこまでやらんでも、ってとこまでやらないと気が済まないタイプだったからなあ。
仕事を自分で増やすから、いつも忙しそうに見えただけさ」
「成程、そうだったのか」
階下のガレージから物音が聞こえてきた。
「わ、こんな時に」
「どうしたんだい? アイヴィー」
「悪ぃ、誰か来たみたいだ。ミーティングは一応終わってるよな。今日はこの辺でお開きでいいか?」
「うん、そうだね。ではまた」
「ん。お疲れさん」
一階から螺旋階段を上がってくる音が近付いてくる。
アイヴィーは手早くパソコンをシャットダウンさせ、耳を澄ます。今度は人の声。
「おい、シルヴァン。勝手に上がっていいのかよ?」
「大丈夫ですよ。二階はあちこち散らかってますが、寛いでって下さいね、レッド」
今までは一人分しか聞こえなかった声が、今日は二人分聞こえた。
アイヴィーは立ち上がって、頭を掻く。
「やれやれ。なんか増えてるな」
我が家のように部屋に入ってきたのは、このうちによく遊びに来るマージナルプリンス。
「こんにちは、アイヴィー。今日はもう一人連れて来ましたー!」
嬉しそうな顔しやがって、とアイヴィーは心の中で呟いた。
「紹介しますね。こちら、僕の新しい友達、アルフレッド・ヴィスコンティです!」
fin
ラストシーン 4/4
2009.06.12 (Fri) | Category : memo
■ラストシーン 3/4 続編
「ブライアンは『しょうがないなあ』と言いながら、メモ帳を1ページ破ってくれました」
そこまで話すと、シルヴァンはアルフレッドを見つめた。
「その時のサイン色紙を、僕は今も持っています」
アルフレッドの青い瞳が瞬く。
「じゃあ、あんたが俺に見せたい物があるって言ってたのは」
「はい。アルフレッドが望むなら、お見せします。
ブライアンも許してくれるでしょう。どうしますか? アルフレッド」
「見せてくれるか」
「ええ」
シルヴァンは机に向かった。一番上の引き出しを開けて、小箱を取り出した。
「これが、ブライアンが書いた、小さなサイン色紙です」
無地の小さな紙。アルフレッドはひとつ息を吐いてから、それを見た。
真っ白な四角に、黒のボールペン。綺麗な筆跡だ。
細いけど、しっかりした字で、こう書いてあった。
――映画は、楽しい明日へのチケット。 ブライアン・シュミット――
アルフレッドは、ハン、と笑った。青い瞳が潤んでいく。
「イミわかんね。どこまで詩人なんだよ」
■
「ブライアン曰く『映画は、明日に進む元気をくれる。僕はそういう作品を作りたい』、だそうです」
「ばかやろう……」
■■
透明な雫がアルフレッドの頬を伝う。
「すみません、やっぱり悲しい想いをさせてしまいましたね」
「いや。あんたも、ブライアンの話するの、つらかっただろ?
それなのに、聞かせてくれてありがとな」
「僕のほうこそ、ありがとうございました」
■「ブライアンが死んじまって、こんなにヘコんでるバカは俺だけかと思ってた。
だけど、違ったんだな。シルヴァンに会えて良かった。
俺、あんたと会う為に、この島に来たのかも」
「僕も同じことを思っていたところですよ。これからも仲良くして下さいね、アルフレッド」
■「ちょい待ち」
「え?」
■「俺のことはレッドでいい。そう呼んでくれ」
後日。放課後のウーティス寮サロン。
暦の上では秋に入っているが、まだ夏のような日が続いていた。
日も長く、窓からは燦々と強い日差しが差し込んでいる。ドアが勢い良く開いた。
「やあ、ウーティスの諸君!」
現れたのは生徒代表のテオ。
住んでいる寮はシュヌーシアだが、生徒代表だからか、彼はこの寮にもよく訪れていた。
■「みんな、今日も一日お疲れ様っ! あれ?」
返事がない。メインテーブルの周りには誰も居なかった。
「おや、まだ誰も来ていないのか」
しかし、本のページが捲れる音が聞こえた。
あっ、と思ったテオは隅のテーブルを見やる。ソファに埋もれている生徒の頭の先が見えた。
テオはニコニコと、そちらへ向かった。生徒の正面に回る。
膝の上に視線を落としていたのは、テオの思った通り、無表情な美少年だった。
「読書中だったんだね、アンリ。ああ、何度見てもなんて美しい子なのだろう。今日の君はハバネロの花のようだね?」
「僕、君に、悪口を言われるようなことしたかな?」
「ハバネロの花を見たことがないのかい? 小さく真っ白で、可愛らしい花なのだよ? まるで君のように」
静かにドアが開いた。テオと目が合ったのは、赤い瞳。
ウーティス寮に住むジョシュア・グラントである。一学年先輩のテオを見て、後輩はすぐに挨拶した。
「あっ、来ていたんですね。こんにちは、テオ」
「やあ、ジョシュア。お邪魔しているよ。今日の君は赤いスイートピーのようだね?」
「どうも、ありがとうございます」
テオの口から紡がれる華美な言葉は、ジョシュアにもよく解らないのだが、
きっと褒めてくれたのだろうと思ったので、お礼を言った。
「えっと、アンリに用事ですか? 俺、紅茶でも淹れましょうか?」
■
「相変わらず優しいねえ、ジョシュアは。ありがとう」
僕も、と言うバニラボイスが呟かれる。
「はいはい」
ジョシュアは自分の分を含め、三人分の紅茶を淹れた。
その間、テオは一方的にアンリに話し掛け、盛り上がらない会話を楽しんでいた。
「お待たせしました。アールグレイ・ダージリンです」
「私はアルフレッドを誘いに来たんだ。
本格的な秋を迎える前に、あと一回くらいはサーフィンができそうだよ、と知らせにね」
「アルフレッドに用事だったんですか? すみません。彼ならシルヴァンと街へ遊びに行ったんだと思います。
さっきタクシーに乗るのを見掛けたので」
「おや、シルヴァンと二人でかい?」
「ええ。毎日のように二人で出掛けていますから」
「そう言えば、あの二人、最近になって急につるむようになったよね。おかげで食事中煩くて、すごく迷惑」
ジョシュアが宥める。「アンリ、噛み付くなよ」
「そうだね、彼等が仲良くなるのは、とても喜ばしいことだ」
「どういうこと?」とアンリ。
■■
「シルヴァンとアルフレッドには、共通の友達が居たんだ。けれど、この夏に事故で亡くなってしまった、22歳の若さでね。
だからこそ、彼等は巡り会えたことを喜び合っているのだよ。天国に居る友人も一緒に喜んでくれているに違いない」
テオは穏やかな笑顔で、琥珀の瞳を見つめる。
「だからね、アンリ? 例え、あの二人の元気が良過ぎても、多少は見逃してあげて欲しい。
君が、あの元気なコンビを見られるのも、あと一年しかないのだから」
トパーズのよう、とテオが称える瞳は、無感動に生徒代表を見上げた。
「他人の事情なんて、僕には関係ない」
生徒代表は上品に笑った。
「そうだね。すまない。今私が言ったことは、心の隅に覚えておいてくれるだけでいいよ。
さて。アルフレッドは海より楽しい場所を見つけられたのなら、船を出す必要もないかな。
ああ、そうだ。アンリ、私と夜明けのクルーズにでも出掛けるかい? 甘いケーキと紅茶も用意するよ?」
「ケーキで僕が釣れると思った?」
「今日はまた一段と美しい、氷の微笑だね」
「失礼致します」
初老の紳士がドアを開けた。シュヌーシア寮のバトラーだ。
「テオ様、生徒代表室にお電話が。ミーティングのお時間のようです」
「ああ、いけない。そうだった。すっかり忘れていたよ。
名残惜しいが失礼するよ。またね、美しいウーティスの花達」
生徒代表がドアの向こうに消える。
しん、となったサロンで、ジョシュアは深刻な顔をしていた。アンリはドアを見ながら、
「あの人には、ここがお花畑にでも見えるのかな?」
聖アルフォンソ島南西部。
海の近くに小さなコテージがある。ここに住む男はPCの前でのんびりと煙草を吹かしていた。
海と同じ色のYシャツに、だらりとぶら下げたネクタイ。
開け放した窓。まだ少し夏の匂いが残る潮風に、長い金髪の先を時々弄ばれる。
デスクに置かれている小型ラジオは、待ちぼうけを食らっている彼をレゲエであやしていた。
PC画面に、生徒代表が映った。
「すまない、アイヴィー。待たせてしまったね。泣いてないかい?」
アイヴィーは吹き出しながら、「泣かねえよ」と煙草を灰皿に置き、ラジオを切った。
テオは画面の隅ある時計を見ながら、
「16時の待ち合わせだったのに、30分も遅れてしまったね、すまない」
「いんや。今日は急ぎの用事じゃねえし。こっちこそ、ちょくちょく呼んで悪い。
じゃ、サクッとミーティングしちまうか」
理事会のメールを元に、学院側、警備側の情報を交換する。
本番はまだ先だが、ミーティグ上では『文化祭』の文字が出てくるようになった。
今日のところは、まだ切羽詰まった状態ではなく、文化祭当日までのスケジュール確認が主な議題だった。
「まあ、こんなかんじで進んでいくから、よろしくな」
「うん」
「ん? 今日は元気ないじゃん?」
「いや。生徒代表という任務は、思ったより、大変ではないなあ、と思ってね。
就任時は、もっと毎日忙しくなるのだろうと覚悟していたのだけど、
難しいことはアイヴィーがサポートしてくれるし、
警備、理事会の皆さんや、学院の先生方、職員の方々が、私に協力してくれるから」
「お前さんは、去年のクラウスを見てたからなあ。
あいつは、そこまでやらんでも、ってとこまでやらないと気が済まないタイプだったからなあ。
仕事を自分で増やすから、いつも忙しそうに見えただけさ」
「成程、そうだったのか」
階下のガレージから物音が聞こえてきた。
「わ、こんな時に」
「どうしたんだい、アイヴィー」
「悪ぃ、誰か来たみたいだ。ミーティングは一応終わってるよな。今日はこの辺でお開きでいいか?」
「ああ。お疲れ様。ではまたね、アイヴィー」
「ん。またな」
一階から螺旋階段を上がってくる音が近付いてくる。
アイヴィーが耳を澄ますと、今度は人の声。
「おい、シルヴァン。勝手に上がっていいのかよ?」
「大丈夫ですよ。二階はあちこち散らかってますが、寛いでって下さいね、レッド」
今までは一人分しか聞こえなかった声が、今日は二人分聞こえた。
アイヴィーはパソコンをシャットダウンさせ、立ち上がる。
「やれやれ」
我が家のように、部屋に入ってきたのは、このうちによく遊びに来るマージナルプリンス。
「こんにちは、アイヴィー。今日は新入生を連れて来ましたっ」
嬉しそうな顔しやがって、とアイヴィーは心の中で呟いた。
後ろから顔を出した生徒を、シルヴァンが手で指し示す。
「こちら、僕の新しい友達、アルフレッド・ヴィスコンティです!」
fin
ラストシーン 4/4
2009.06.11 (Thu) | Category : memo
■ラストシーン 3/4 続編
「ブライアンは『しょうがないなあ』と言いながら、メモ帳を1ページ破ってくれました」
そこまで話すと、シルヴァンはアルフレッドを見つめた。
「その時のサイン色紙を、僕は今も持っています」
アルフレッドの青い瞳が瞬く。
「じゃあ、あんたが俺に見せたい物があるって言ってたのは」
「はい。アルフレッドが望むなら、お見せします。
ブライアンも許してくれるでしょう。どうしますか? アルフレッド」
「見せてくれるか」
「ええ」
シルヴァンは机に向かった。一番上の引き出しを開けて、小箱を取り出した。
「これが、ブライアンが書いた、小さなサイン色紙です」
無地の小さな紙。アルフレッドはひとつ息を吐いてから、それを見た。
真っ白な四角に、黒のボールペン。綺麗な筆跡だ。
細いけど、しっかりした字で、こう書いてあった。
――映画は、楽しい明日へのチケット。 ブライアン・シュミット――
アルフレッドは、ハン、と笑った。青い瞳が潤んでいく。
「イミわかんね。どこまで詩人なんだよ」
「『映画は、明日に進む元気をくれる。僕はそういう作品を作りたい』、そう言っていました」
透明な雫がアルフレッドの頬を伝う。
「すみません、やっぱり悲しい想いをさせてしまいましたね」
「いや。あんたも、ブライアンの話するの、つらかっただろ?
それなのに、聞かせてくれてありがとな」
「僕のほうこそ、ありがとうございました」
「ブライアンが死んじまって、こんなにヘコんでるバカは俺だけかと思ってた。
だけど、違ったんだな。会えて良かった。
俺、あんたと会う為に、この島に来たのかも」
「僕も同じことを思っていたところですよ。これからも仲良くして下さいね、アルフレッド」
「ちょい待ちっ!」
「え?」
「俺のことはレッドって呼べよ、シルヴァン」
後日。放課後のウーティス寮サロン。
暦の上では秋に入っているが、まだ夏のような日が続いていた。
日も長く、窓からは燦々と強い日差しが差し込んでいる。ドアが勢い良く開いた。
「やあ、ウーティスの諸君!」
現れたのは生徒代表のテオ。
住んでいる寮はシュヌーシアだが、生徒代表だからか、彼はこの寮にもよく訪れていた。
「みんな、今日も一日お疲れ様っ! ん?」
返事がない。メインテーブルの周りには誰も居なかった。
「おや、まだ誰も来ていないのか」
しかし、本のページが捲れる音が聞こえた。
あっ、と思ったテオは隅のテーブルを見やる。ソファに埋もれている生徒の頭の先が見えた。
テオはニコニコと、そちらへ向かった。生徒の正面に回る。
膝の上に視線を落としていたのは、テオの思った通り、無表情な美少年だった。
「読書中だったんだね、アンリ。ああ、何度見てもなんて美しい子なのだろう。今日の君はハバネロの花のようだね?」
「僕、君に、悪口を言われるようなことしたかな?」
「ハバネロの花を見たことがないのかい? 小さく真っ白で、可愛らしい花なのだよ? まるで君のように」
静かにドアが開いた。テオと目が合ったのは、赤い瞳。
ウーティス寮に住むジョシュア・グラントである。一学年先輩のテオを見て、後輩はすぐに挨拶した。
「あっ、来ていたんですね。こんにちは、テオ」
「やあ、ジョシュア。お邪魔しているよ。今日の君は赤いスイートピーのようだね?」
「どうも、ありがとうございます」
テオの口から紡がれる華美な言葉は、ジョシュアにもよく解らないのだが、
きっと褒めてくれたのだろうと思ったので、お礼を言った。
「えっと、アンリに用事ですか? 俺、紅茶でも淹れましょうか?」
「相変わらず優しいねえ、ジョシュアは。ありがとう。
けれど、私の分は構わないよ。私はアルフレッドを誘いに来ただけだから。
本格的な秋を迎える前に、あと一回くらいはサーフィンができそうだよ、と知らせにね」
「アルフレッドですか。すみません。彼ならシルヴァンと街へ遊びに」
「おや、シルヴァンと? 二人でかい?」
「ええ。毎日のように二人で出掛けていますよ」
「あの二人、最近になって急につるむようになったよね。おかげで食事中煩くて、すごく迷惑」
「アンリ、彼等に噛み付くなよ」
「シルヴァンとアルフレッドには、共通の友達が居たんだ。けれど、この夏に事故で亡くなってしまった、22歳の若さでね。
だからこそ、彼等は巡り会えたことを喜び合っているのだよ。天国に居る友人も一緒に喜んでくれているに違いない」
テオは穏やかな笑顔で、琥珀の瞳を見つめる。
「だからね、アンリ? 例え、あの二人の元気が良過ぎても、多少は見逃してあげて欲しい。
君が、あの元気なコンビを見られるのも、あと一年しかないのだから」
トパーズのよう、とテオが称える瞳は、無感動に生徒代表を見上げた。
「他人の事情なんて、僕には関係ない」
生徒代表は上品に笑った。
「そうだね。すまない。今私が言ったことは、心の隅に覚えておいてくれるだけでいいよ。
さて。アルフレッドは海より楽しい場所を見つけられたのなら、船を出す必要もないかな。
ああ、そうだ。アンリ、私と夜明けのクルーズにでも出掛けるかい? 甘いケーキと紅茶も用意するよ?」
「ケーキで僕が釣れると思った?」
「今日はまた一段と美しい、氷の微笑だね」
「失礼致します」
初老の紳士がドアを開けた。シュヌーシア寮のバトラーだ。
「テオ様、生徒代表室にお電話が。ミーティングのお時間のようです」
「ああ、いけない。そうだった。すっかり忘れていたよ。
名残惜しいが失礼するよ。またね、美しいウーティスの花達」
生徒代表がドアの向こうに消える。
しん、となったサロンで、ジョシュアは深刻な顔をしていた。アンリはドアを見ながら、
「あの人には、ここがお花畑にでも見えるのかな?」
聖アルフォンソ島南西部。
海の近くに小さなコテージがある。ここに住む男はPCの前でのんびりと煙草を吹かしていた。
海と同じ色のYシャツに、だらりとぶら下げたネクタイ。
開け放した窓。まだ少し夏の匂いが残る潮風に、長い金髪の先を時々弄ばれる。
デスクに置かれている小型ラジオは、待ちぼうけを食らっている彼をレゲエであやしていた。
PC画面に、生徒代表が映った。
「すまない、アイヴィー。待たせてしまったね。泣いてないかい?」
アイヴィーは吹き出しながら、「泣かねえよ」と煙草を灰皿に置き、ラジオを切った。
テオは画面の隅ある時計を見ながら、
「16時の待ち合わせだったのに、30分も遅れてしまったね、すまない」
「いんや。今日は急ぎの用事じゃねえし。こっちこそ、ちょくちょく呼んで悪い。
じゃ、サクッとミーティングしちまうか」
理事会のメールを元に、学院側、警備側の情報を交換する。
本番はまだ先だが、ミーティグ上では『文化祭』の文字が出てくるようになった。
今日のところは、まだ切羽詰まった状態ではなく、文化祭当日までのスケジュール確認が主な議題だった。
「まあ、こんなかんじで進んでいくから、よろしくな」
「うん」
「ん? 今日は元気ないじゃん?」
「いや。生徒代表という任務は、思ったより、大変ではないなあ、と思ってね。
就任時は、もっと毎日忙しくなるのだろうと覚悟していたのだけど、
難しいことはアイヴィーがサポートしてくれるし、
警備、理事会の皆さんや、学院の先生方、職員の方々が、私に協力してくれるから」
「お前さんは、去年のクラウスを見てたからなあ。
あいつは、そこまでやらんでも、ってとこまでやらないと気が済まないタイプだったからなあ。
仕事を自分で増やすから、いつも忙しそうに見えただけさ」
「成程、そうだったのか」
階下のガレージから物音が聞こえてきた。
「わ、こんな時に」
「どうしたんだい、アイヴィー」
「悪ぃ、誰か来たみたいだ。ミーティングは一応終わってるよな。今日はこの辺でお開きでいいか?」
「ああ。お疲れ様。ではまたね、アイヴィー」
「ん。またな」
一階から螺旋階段を上がってくる音が近付いてくる。
アイヴィーが耳を澄ますと、今度は人の声。
「おい、シルヴァン。勝手に上がっていいのかよ?」
「大丈夫ですよ。二階はあちこち散らかってますが、寛いでって下さいね、レッド」
今までは一人分しか聞こえなかった声が、今日は二人分聞こえた。
アイヴィーはパソコンをシャットダウンさせ、立ち上がる。
「やれやれ」
我が家のように、部屋に入ってきたのは、このうちによく遊びに来るマージナルプリンス。
「こんにちは、アイヴィー。今日は新入生を連れて来ましたっ」
嬉しそうな顔しやがって、とアイヴィーは心の中で呟いた。
後ろから顔を出した生徒を、シルヴァンが手で指し示す。
「こちら、僕の新しい友達、アルフレッド・ヴィスコンティです!」
fin
(no subject)
2009.06.11 (Thu) | Category : memo
私はシュヌーシアに戻ってお茶にしようかな。ではね、ウーティスの花達
あの人には、ここが花壇に見えるのかな?
おい、勝手に上がっていいのか?
大丈夫ですよ。あ、あちこち散らかってますが、どうぞ上がって下さい
アイヴィー!
新しい友達を連れて来ましたー!
あれっ、あんた、タクシードライバーの兄ちゃんじゃん?
アルフレッドもアイヴィーのタクシーに乗ったんですね!
やれやれ。騒がしい一年になりそうだな
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