本編3
2009.11.28 (Sat) | Category : memo
テオ特注の鳩時計が鳴る。サロンで遊んでいた寮生達が時計を見上げた。
鳩代わりのナイチンゲールが深夜を告げている。
クラウスが居なくなってから、初めての就寝時間が訪れた。
「あ、もう、寝る時間だね」
「だな」
「えー。今、いいとこじゃん。ね、もうちょっとだけ」
「止めとけ止めとけ。そんなことしてたら、クラウスがドイツから飛んできちまう」
「俺達を怒る為だけにー?」
「やりかねないな、クラウスなら」
「だろ? 『コラー! お前達ー!』とか言って!」
皆が笑う。
笑いが治まると、シンとなった。
「んじゃ、今日は寝てやりますかっ」
「うん。そうだね」
「寝よ寝よー」
「おやすみー」
ラビの部屋では、レオンが我が物顔でベッドに寝そべっていた。
うつ伏せの姿勢でマンガを読んでいるのだ。
レオンは度々、ラビが持っているシリーズ物のマンガをここで読んでいく。
ラビは「全部貸してあげるから、部屋に持っていって良いよ」と前から言っているのだが、
レオンは「借りたら返すのが面倒」らしく、ラビの部屋に居座って読むようになったのだ。
ラビはベッドの前で立つ。
「ねえ、レオン。もう寝なきゃいけない時間だよ?」
すると、レオンはマンガを読みながら、壁際に身体を寄せた。
ラビが眠れるだけのスペースが空く。
「ほい」
「そうじゃなくて。ここ、僕のベッドだよ?」
レオンは顔を上げず、ページをめくる。
「だから、場所、空けてやっただろ? 寝れば?」
「もー。じゃあ、僕は寝るからね?」
ラビはレオンの隣に入る。ブランケットを引き寄せ、仰向けに寝た。
レオンは相変わらず、うつ伏せのまま読書中だ。
二人は会話しなかった。ページをめくる音だけがする。
一分間ほどの沈黙の後、ラビは天井を見ながら呟いた。
「クラウス、もうドイツに着いたかな」
「着いただろ」
「クラウス、寂しくないかな。僕達と離れて」
「寂しくないだろ」
「クラウ」
レオンはマンガを閉じる。
「だー! クラウスクラウス言うな! 卒業しちまったもんはしょーがねーだろ!」
「だって、やっぱり、クラウスが居ないと」
「また泣くー! お前、昼間、散々泣いてたじゃん!」
ラビはブランケットで涙を拭う。
「なんでレオンは、一回も泣かないの? 悲しくないの?」
「泣いたら、クラウスが帰ってくんのかよ」
ラビはもう一度涙を拭う。
レオンはマンガをサイドテーブルに置いた。頭の後ろで手を組んで、仰向けになる。
ブランケットからラビが顔を出す。
「テオは大丈夫なのかな? テオが一番、クラウスと仲良かったから」
「大丈夫だろ、テオだし」
「でも、僕がテオだったら、大丈夫じゃないよ。
だって、レオンが僕より先に卒業しちゃうってことでしょ?」
ラビの目から見ても、テオが一番大切にしてる友達はクラウスだった。
テオの親友がクラウスだったように、ラビの親友はレオンなのだ。
「僕、レオンが先に卒業しちゃったら、困る」
「俺達は学年が同じなんだから、あいつらみたいにはならないだろ」
「うん。ねえ、僕達、同じ日に卒業できないかな?」
「同じ日?」
「そしたら、どっちかが先になったりしないでしょ? ね、そうしよ?」
「解んねえよ、そんな先のこと。あと五年も先の話だぜ?」
「五年……あと五年しか居られないんだ」
「充分だろ。入学から卒業まで六年間もあるんだぜ?」
「僕はもっとレオンと一緒に」
「俺達は六年だけど、あいつらは三年だったんだ」
テオは中等部一年から学院に入ったが、クラウスが入学したのは高等部一年。
二人が共に過ごした時間は三年間。レオンは呟く。
「六年は充分、長いんだよ」
泣き腫らしたラビの目にまた涙が溜まっていく。
「僕、卒業なんてしたくない。ずっとシュヌーシアに居たい」
レオンは天井を見上げたまま、静かに言った。
「無理だろ」
本編2
2009.11.28 (Sat) | Category : memo
「アイヴィー。なんで、こんな長い車で来たんだ。俺一人を運ぶだけなのに」
「ありゃ? お気に召さなかった?」
八人乗りのシートに、乗客はクラウスだけだった。
今日、アイヴィーが乗ってきたのは、自分が所有している車ではなかった。
1959年型キャデラックリムジン・ブラック。
キャデラックと言えば、大統領専用車両にも選ばれる、アメリカの高級メーカー。
これが聖アルフォンソ学院の車庫に何気なく置かれているのを発見した時は驚いたものだ。
しかも、この車には翼がある。ボディの後部に、軍事航空機のような尾翼があるのだ。
これは1950年代から60年代に大流行した、テールフィンというデザインだ。
中でも最も美しいテールフィンだと讃えられるのがこの1959年型。
「最後くらいは、いっちゃんカッコイイのに乗せてやりたいと思って、
車庫の奥から引っ張り出して、わざわざ借りてきたんだぜ?」
「最後だから、いつもの、お前の車に乗りたいと思うだろう、俺としては」
「あー。あははっ。そこまで気が回らなかったわ。最後までぐだくだで、悪いねー」
「次の生徒代表は聞いているな?」
「……ああ。テオだってな」
クラウスとテオは同じ寮。そしておそらく自他共に認める親友同士。それはアイヴィーにも見て取れた。
二人が共に居る光景はよく見掛けていたし、二人を乗せてドライブしたことも何度だってある。
新しい代表の名前を聞かされた時、今年は辛い任命式になるだろうなとアイヴィーでさえ思ったのだ。
今、後部座席に居るクラウスは、その任命式を終えて、そこに座っているのだ。
「いいか? テオが書いた重要書類は、必ずアイヴィーもチェックしてくれよ。
特に外部に送る手紙やメールは、誤字がないか、英語として可笑しな表現がないか気をつけて見てくれ。
あいつは正確性に欠ける上に、自己点検を怠るところがある。
あと、会議中、あいつがぼーっとしている時は、
間違いなく話を聞いていないから、アイヴィーが注意しろよ。
授業中も教授の話を聞かずに、全く関係ないことを夢想しているような奴だからな。それから」
そこでアイヴィーは笑った。
「何が可笑しい?」
「大丈夫だって。テオのことは、俺が責任持ってフォローするし、守るから」
「しかし、お前もルーズなところがあるからな。大丈夫なのか、次年度は」
「ご期待に応えられるように精進しまーす」
「語尾を伸ばすな」
「ははっ。クラウスのダメ出しも今日で最後だと思うと、『もっと言ってー』ってかんじ」
「マゾヒスティックな発言は止せ」
高級リムジンが空港に着く。
クラウス一人を乗せる為だけに来た、特別チャーター機。王のみに仕える鉄の鳥だ。
運転手は車を停め、先に車から降りた。従者みたいに恭しくドアを開けてやる。
「ご乗車お疲れ様でした。空港に到着致しました、クラウス・フォン・モール様」
「止めろ、似合わん」
そう怒られて、アイヴィーは笑った。
従者っぽく振る舞った自分が可笑しかった。そんなの、この学校ではしたことないのに。
クラウスに怒られたくてわざとやったのだろうか、と思うと、また笑えた。
「ほんじゃ、元気でな、クラウス。多分、向こうでも忙しいことになるんだろうけど、
あんま肩肘張らずに……って、お前さんには難しいかもだけど。
ま、時々でいいから、テイク・イット・イージーって言葉を思い出すようにな?」
「なるべくな」
「あー、全然やる気ないだろ? 『手を抜けるところは抜く』これ、俺のモットー」
「お前の、だろ? 俺には無理だ」
クラウスはこう言葉を続けた。
「だが、まあ、お前のモットーも、年に一度くらいは思い出すようにする」
「ん。それでもクラウスにしては上出来だな」
入学当時は、天然記念物レベルのドイツ軍人タイプだった。
聖アルフォンソ島で暮らした三年間が、
ガチガチだった頭に柔軟性を与えてくれたのだろうとアイヴィーは思った。
ドイツ軍人の名家に生まれたクラウス。
祖国に帰れば、軍人のエリートコースに乗るのだろう。
アイヴィーは島に来るまでは某軍に居た。
クラウスとはこの先、どこかで会うかもしれない。敵対関係でないことを願う。
「じゃー、気を付けて」
軽い調子でアイヴィーは片手を挙げた。
「アイヴィー」
「んー?」
クラウスがアイヴィーを少し見上げる。
「世話になった」
「えっ?」
「アイヴィーのおかげで生徒代表の任務もスムーズにこなせた。
それから、警備組織による日々の働きによって、
俺達生徒は今年も一年間、安全に暮らせた。生徒を代表して、改めて礼を言わせてくれ」
足を揃え、深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
軍人の家柄らしい、何よりクラウスらしい誠意ある礼だった。
アイヴィーは思わず笑ってしまう。
「どーいたしまして。お前さん、いい上官になるわ」
本編1
2009.11.28 (Sat) | Category : memo
生徒代表室では、生徒代表の任命式が執り行われていた。
クラウスからテオへ、生徒代表という役目が、ひとつひとつ引き継がれているのだ。
生徒代表とは何か、から始まり、任務の詳細や理事会についてなど、
学院の機密事項とも言える情報が、クラウスの口から語られていく。
説明は、クラウスが一人で作成した冊子を元に行われている。
生徒代表マニュアルとして、この部屋に寄贈できるほどの完成度。
これさえあれば、口頭説明も必要ないくらい、
丁寧かつ正確に、生徒代表の全てが記されている。
明らかに、一昼夜で作成できるような物ではなかった。
クラウスとテオは机を挟んで、向かい合って座っている。
これ以上ないほど完璧な段取りで業務説明は進む。
手製のマニュアルを片手に、クラウスは機械的に語っていた。
テオは机上のマニュアルを目で追っていた。
序盤は相槌を打ちながら聞いていたのだが、
それも徐々になくなり、後半になると一言も発さなくなっていた。
それでもクラウスの話すスピードは一定に保たれたまま、最終ページへ辿り着いた。
「説明は以上だ。質問はあるか?」
うん、と頷く。
「言ってみろ」
「明日になったら」
テオは俯いたまま、小さな声で呟いた。
「クラウスは、本当に、シュヌーシアに居ないのかい?」
生徒代表の任務についての、不明点を尋ねているのに。
関係のないことを聞くな。いつものクラウスなら、間違いなくそう言っただろう。
だが、その時は言わなかった。テオの声は微かに震えていた。
クラウスはテオの言葉に短く応じる。
「ああ。他に質問は?」
「私は生徒代表を辞退してはいけないの?」
「何?」
「私に貴方の後が継げる筈がないよ。貴方は最高の生徒代表だったもの」
「俺と比べる必要はない。任命された時点で、お前は次代の生徒代表に相応しい生徒だと認められている」
テオは首を横に振った。
クラウスは右の拳を握り締める。重い一息を吐いてから言った。
「生徒代表は指名制だ。余程の理由がない限り、断ることはできない。
お前に辞退できる理由があるのか?」
「新しい生徒代表が居なければ、貴方がこのまま」
「例え、お前が辞退できたとしても、俺は本日をもって生徒代表の任を解かれ、
任命式が終了次第、この学院を去ることは変えられない」
「でも私は」
「俺の後を継がせてやるって言ってるんだぞ! 他の奴に任せてもいいのか!?」
クラウスの背景に彼の肖像画が見えた。高い位置にある。手を伸ばしても届かない。
自分がどう足掻いても、あの絵を外すことはできないのだと言われているようだった。
「……やだ」
「帝王学で学んできたことを無駄にするな。習っただろう?
王たるもの、国を守る為には時に自己犠牲も必要だ。自分を律し、皆を導く。
これからはお前が、この島の王になるんだぞ。一時の感情に流されるな」
「クラウス……」
「いいか? 与えられた責務は最後まで果たせ。絶対に途中で投げ出すな。
お前にはできる。学院の運営組織も、お前が持つ、王の資質を認めたんだ」
「クラウスは? 貴方も私ならできると思ってくれたのかい?」
「新代表の最終決定には、現代表の承認が必要だ」
テオは何も言わなかった。クラウスは冷静な声で言った。
「質問がないなら、生徒代表の任命式はこれで終わりだ」
はっとテオは顔を上げる。クラウスが席を立つ。
「新しい生徒代表の健闘を祈っている」
テオに背を向けて歩き出す。
すると、後ろからクラウスの左手首が掴まれた。振り払おうと思えば、振り払えるほど弱い力。
「離せ、馬鹿」
「解らないよ」
クラウスを掴む力が少しだけ強くなる。
「明日から貴方が居ないなんて。私はどうすればいいのか解らない」
クラウスはそこで軽く笑った。
「それなら簡単だ」
「えっ?」
「今までお前が散々やってきたことだろう?」
クラウスはテオを見つめて、言った。
「楽しいことをしろ。お前から『楽しむこと』を取ったら、他に何が残る?」
正門前には、黒のリムジンが待っていた。クラウスを空港まで運ぶ車だ。
ドライバーは高級車に凭れて、煙草を吸っている。見送り待ちだ。異例である。
クラウスとの別れを惜しむように、シュヌーシアの生徒達が正門前まで見送りに来ていた。
「クラウス。あのね、これ、みんなで書いたの」
寄せ書きのフォトフレームが渡された。立派な額の中央にシュヌーシア寮生の集合写真。
周りの余白部分には、寮生全員からの寄せ書き。
一番上には題字として「シュヌーシアのお父さん、クラウスへ」と書かれていた。
「何かコソコソ用意していると思ったら、これだったのか。こんな大きな物を最後にくれるとはな」
「とか言ってー。ホントは嬉しくて泣きそうなくせにー?」
「誰が」
中等部一年のラビは手で涙を拭きながら、
「行っちゃやだよ、クラウス、僕達のお父さんなのに」
「泣くな。今生の別れでもあるまいし」
「僕達のこと忘れないでね。ドイツに行っても、元気でね」
「それはお前だ、ラビ。喘息も大分良くなってきたんだから、
これからも身の回りは綺麗に。部屋の片付けを忘れるなよ」
「うん」
「あ、ラビだけズルイ。僕にも何か言って」
「お前は、試験勉強に対して、もう少し真面目に取り組め。
本気でやれば高得点が狙えるんだから、わざと手を抜くのを止めろ」
「俺にも言ってー!」
「俺も聞いてやってもいいぜ、クラウス」
突然のリクエストだったが、クラウスは全く迷う様子なく、全員にひとつずつ小言を言い残した。
そのどれもが的確な指摘だったことに、寮生達は改めて驚かされた。
「これで全員言ったか」
「最後にテオが残ってるぞ」
テオとクラウスの目が合う。クラウスは視線を逸らした。
「テオはいい。伝えるべきことは、任命式で全て伝えてある」
クラウスは腕時計を見る。
「もう時間だ」
生徒達を見守っていたドライバーが煙草を灰皿に押し付ける。
クラウスは寮生達を見て、言い忘れたことを思い出した。
「お前達に最後に言っておきたいことがある」
「なに?」
「消灯時間は守れ。翌日の講義に障る。解ったな?」
最後は笑って、お別れとなった。
ドライバーが後部座席のドアを開ける。
リムジンが出発した。黒い車は徐々に小さくなり、道の向こうに消えていった。
「泣かなかったね、クラウス。最後くらいは初めて泣いた顔が見れるかもって思ったけど」
「泣くわけねーだろ、あいつが。ラビはもう泣くな。おい、レオン、慰めてやれ」
「なんで、俺が」
「いつまでも悲しんでたって仕方ねえし、俺達にはまだテオが居る」
「そうだよ。新しい生徒代表だし! ね、テオ!」
皆がテオに注目する。湿った空気を払拭する、元気になるような一言を、
テオが言ってくれることを皆は望んでいた。いつものテオならできる。
しかし、皆の期待はテオの顔を見た途端、間違いだったと気付いた。
「ごめん」
それだけ言って、テオは寮へ駆け出した。
「テオッ!」
追い駆けようとしたラビの腕をレオンが捕まえた。
「行くな、ラビ」
「でも、テオ、今泣いて」
「だから、一人にさせてやれ」
本編6
2009.11.26 (Thu) | Category : memo
ああ、そうだった。
貴方から貰った言葉なのに、私が守っていなかったなんて。
「おや。アイヴィー?」
「よっ、テオ」
「私を迎えに来てくれたの? もしや、会議はどこか別の場所で行われるのかい?」
「いいや。ここだよ」
「ええっと?」
「ご挨拶が遅れました、私は警備組織司令官のアイヴィーです。
この度は、生徒代表ご就任、おめでとうございます」
「えっ? アイヴィーが、司令官……」
「警備組織は生徒代表の剣と楯。貴方のご一存で動かすことが可能です。
我々は、生徒代表への忠誠を誓います、テオ・メネシス様」
「か、カッコイイ! カッコイイよ! アイヴィー!
まさか貴方が司令官だったなんて!
私、貴方のこと、陽気なタクシードライバーさんだと思ってたよ!」
「いや、それも間違いじゃねーから」
「昼はタクシードライバー、しかしてその実体は、島の平和を守る司令官だったのだね!」
「はーい。チキン&チップス、お待たせー」
顔馴染みの店員から、アイヴィーが皿を受け取る。
ソクーロフが他の皿を避け、テーブルを開ける。そこにアイヴィーが皿を置いた。
今、到着したのは、鳥の唐揚げとフライドボテトの盛り合わせだ。
アイヴィーは早速、唐揚げを口に入れる。揚げたてでウマイ。煙草をくわえているソクーロフは手を付けなかった。
ここは島の旧市街にあるアイリッシュパブ。
アイヴィーとソクーロフは遅い夕食をとりながら、くだらない話や仕事の話をしていた。
他にテーブルの上に乗っているのは、5種類の焼きソーセージ、
ギネスビールで柔らかく煮込んだ牛肉、野菜スティック、細長いガーリックトーストなどだ。
いつも、頼んだ料理の三分の二を平らげるのはアイヴィーで、ソクーロフは残りをつまむ程度だった。
ポテトも二つ食べ終わり、店員の姿が見えなくなったところで、アイヴィーは話を再開した。
「じゃあ、今は元気になったったみたいで良かったよ。
テオが倒れたから今日のミーティングは中止、って聞いた時は驚いたけど」
ソクーロフは唇から煙草を離し、灰皿に置いた。
「驚いたか?」
「そりゃ驚くでしょ? いつも元気いっぱい太陽スマイルのテオだぜ?
あいつはソクちゃんに世話になったこと殆どないでしょ?」
「ああ。だが、今回のことは、事前に予測できたことだ」
「え? テオが倒れるって解ってたってこと?」
「あの子の心身に何らかの影響が出るとは思っていた。しかし、正直、今回のことは私の予想以上だった。
これほど即座に、かつ顕著な症状が、表に現れるとは」
アイヴィーはカウンセラーの表情を伺う。目が合った。が、ソクーロフは視線を外した。珍しい。
「なに? どーしたのさ、ソクちゃん。ヘンな顔して」
「いや」
グラスを傾ける。思い出したように、ソクーロフは料理に手を付けた。
アイヴィーも鳥の唐揚げをフォークに刺す。オレンジ色のソースを付けて、口に入れた。衣がサクサクと音を立てた。
「酒の肴に、ひとつ、話をしてやろうか?」
そう言って、ソクーロフは話し出した。
アフリカのある村では『若者は野生の鶏肉を食べてはいけない』と決まりがあった。
その村に住む若者が、ある日、他国で知人の家に泊まった。
朝食に肉料理が出たので『これは野生の鶏肉か?」と尋ねた。
「違う肉だ」と知人が答えたので、若者は安心してたくさん食べた。
それから何年も過ぎた後、二人は再会した。
その時には既に、アフリカの男は、若者ではく、大人と呼べる年齢になっていた。
村の決まりは『若者は野生の鶏肉を食べてはいけない』だった為、知人はこう誘った。
「君はもう大人だから、大丈夫だね。食べていくかい?」
しかし、アフリカの男はこう言った。
「あれから、村に魔術師が現れて、大人も鶏肉を食べてはいけないことになった」と。
知人は途端に笑い出した。
「可笑しな村だ。肉くらい、何を食べても平気だよ。
いつか、君に食べさせた肉も、本当は野生の鶏肉だったのだから」
途端に、アフリカの男は全身が震え出した。
それから二十四時間と経たずに、彼の心臓は止まった。
そんな話を聞かされたアイヴィーは目を覆っていた。
「お医者さん、お医者さん。酒の肴にしては話がコワ過ぎるよ。
つーか、まだ鳥の唐揚げが残ってるのに、そんなコワイ話しちゃう?」
「ちなみに、この話はフィクションではなく、1682年、アフリカのコンゴで起こった実話だ」
「出たー。ある意味、本当にあったコワイ話ー」
「この場合、死因は何になると思う?」
「し、死因?」
「原因不明の突然死だろうか、不慮の事故死だろうか。
肉を食べさせた人間に罪があると考え、殺人事件に仕立てることもできるかもしれない。
医師なら急性心不全と書くだろう。だが、それも要は『急に心臓の動きがおかしくなった』という意味で、
厳密な死因は医師にも解らない時に使われる便利な言葉だ」
「え、そうなの!?」
「ああ。他にもこんな事例がある」
ソクーロフは感情を表に出さず、続ける。
「妹が車に轢かれる瞬間を見て、心臓が止まった十一歳の姉。
軍隊から離れる希望を却下され、その日のうちに死んでしまった兵隊。
手術台に乗っただけで麻酔を掛ける前に亡くなる患者。
無害なヘビであっても、ヘビに噛まれた恐怖で死んだ男。
サンタクロースを目撃したショックで死亡した四歳の女の子も居る」
「そんなことで!?」
「そうだ。そんなことで、と思われる状況で、彼等は亡くなった」
「でもさ、それって、元々、心臓が弱かった人とかなんじゃないの?」
「いいや。いずれのケースも、それまでは、死を招くような身体的問題はなかった人間だ。
精神的ショック。それが直接、人を死に至らしめたとしか考えられない」
「そんなことって」
「世界中にある事実だ。実際にあった症例をあと幾つ話せば信じる?」
「も、もういいよ。夜に一人でトイレ行けなくなっちゃうだろ!」
「興味があれば、後日にでも、良い参考文献を教えてやる。
物理学者であり心理学者でもある精神治療医が書いた、500以上の心因性死をまとめた本だ」
「ごひゃっ……いや、あんた、お医者さんだからって、そんな本まで読んでるのかよ……」
「真っ当な業務資料だろう」
「いやー、うーん」
「つまり、心が受けた傷だけで、心臓が止まる場合が実際にあるということだ」
医師は灰皿の上でトンと灰を落とす。
「悲しみは、人をも殺す」
黒い皿に横たわった灰。
アイヴィーには、それが煙草の死骸のように見えた。ソクーロフはぽつりと言う。
「だから、驚くほどではないんだ。テオが突然、高熱を出したことは」
「えっ?」
「熱だけで済んで良かった、今回はな。お前もこの一年間は、特に注意して欲しい。
あの子と接していて、異常に気が付いたら、すぐに私に報告しろ」
後日、生徒代表室。
アイヴィーはミーティングを行う為、ここに来ていた。
「テオ。理事会からのメール見たか? 入学希望者が居るってヤツ」
「ああ、見たよ見たよ! アルフレッド・ヴィスコンティがこの学院に来るなんて!」
「あ、やっぱ知ってんだ? あの子役」
「知ってるなんてもんじゃないよ! 彼はあの名作『キャプテン・ライアンと最後の海賊たち』で、
イーグルアイのジェイミーを演じた、あのアルフレッド・ヴィスコンティだよ!?
あの映画は実に素晴らしかった。私は少なくとも五回は見ているよ」
「あー、お前さん、海とか大好きだもんなー。自分でお船も持ってるし」
「アルフレッド・ヴィスコンティの学院案内も、私が務めて良いのだよね!?」
「そりゃ、お前さんが生徒代表だからな」
「ああ、神様! 幸運を授けて下さって、ありがとうございます!」
「大袈裟だねー」
「早速、アルフレッドの為に、色々準備しなくては!
あ、そうだ! ねえ、アイヴィー、学院案内の時に、私の船を使っても良いかい?」
「ああ、まあ。ダメって話は聞いたことないからイイんじゃね?」
「良かった! では私、アルフレッドを連れて、クルーズしてくるよ!
聖アルフォンソ島の素晴らしさを語る上で、海は欠かせないものね!
ああ、あのイーグルアイ・ジェイミーと二人きりで航海ができるなんて、夢のようだ!
生徒代表の学院案内とは、なんて素晴らしい特権なのだろう!」
両手を掲げて喜んでいる。
テオの笑顔は、見ているほうも自然と同じような顔にさせた。
「楽しそうだな、テオ」
「もちろん!」
テオらしいキラキラとした顔。
「私から『楽しむこと』を取ったら、他に何が残るんだい?」
テオは少し上を向く。視線の先には肖像画があった。
「一年間、生徒代表を務めれば、私の絵も描いて貰えるよね?」
「ん? ああ」
「最後まで務めるよ。私も飾って貰えるように」
一年、任務を全うすれば肖像画をクラウスの隣に置いて貰える。
貴方と共に居られるんだ。
此処で、永遠に。
fin
本編5
2009.11.26 (Thu) | Category : memo
放課後の保健室。
ソクーロフがカルテを書いていると、シュヌーシアの生徒達、ほぼ全員が、
ぞろぞろと連れ立ってやってきた。保健室の先生は優しい声で応対する。
「おや。みんなお揃いだね」
「あの、先生、テオは大丈夫ですか?」
「みんな、テオのことが心配で来てくれたのかい?」
生徒達は一様に頷いた。
「テオ、熱はどのくらいあったんですか?」
「先程、計ったら、38度2分だったよ」
「そんなに……風邪なんですか?」
「風邪、というよりは、疲れが溜まったまま回復することなく悪化したといった状態だね。
大丈夫。身体的には悪いところはなかったよ。ただ」
「ただ?」
「身体に支障はない程度だが、血糖値が低かったのが気になったね。
最近、テオはきちんと食事を取っていたのかな?」
同じ寮で寝食を共にしている生徒達は、昨日の食卓風景を思い出す。
「晩ご飯食べに来てなかったんじゃない? 昨日は」
「あ、そうだよね。でも、昨日は、一人にしておいてあげようってことになって」
「昨日は朝ご飯の時もすぐ居なくなっちゃったよね」
「そう言えば、テオって最近ご飯残したりしてなかった? いつだったかな、
テオってターキーとか好きなのに、他の人にあげたりしてさ。結構前から具合悪かったのかも」
「そーかー? いつもと同じくらいじゃねえの?
前はいっぱい食べてたけど、最近はずっとあんなかんじだったろ」
生徒達のお喋りを医師は軽くメモを取って聞いていた。
赤いボールペンを白衣の胸ポケットにしまう。
「ありがとう、貴重な証言を聞かせてくれて」
「僕達、テオのお見舞いがしたくて来たんですけど、会っちゃダメですか?
ダメなら、これ、テオに渡しておいて貰いたいんですけど」
「会って構わないよ、感染性ではなかったし」
ソクーロフは生徒達の顔を見る。
「どんな抗生物質より、薬になるかもしれないね、君達が」
医師は席を立つ。
「テオのベッドへ案内するよ。付いておいで」
保健室二階、ベッドルーム。
一番窓側のベッドに金髪の生徒が横たわっていた。窓の向こうを見ている。
中等部の生徒がそっと声を掛けた。
「テオ、起きてる?」
金髪の生徒はすぐに振り向いた。
「みんな……」
「あのね。これ、お見舞い。さっきね、みんなで選んできたんだ」
テオに大きな花束が押し付けられる。
「まず、お花ー!」
生徒達は次々にプレゼントを渡していく。
「これは俺の好きなマンガ。絶対笑えるぜ!」
「あと、絵本もあるよ。テオ、童話とか昔話好きでしょ?」
「それから、太陽とか星の写真集みたいなヤツもあったから買ってきたぜ!」
「俺からは、ジャーン! ボトルシップー! カッコイイだろー!?」
ドサドサと尋常じゃない数のプレゼントがベッドに置かれていく。
テオは目をぱちくりさせた。
「こんなに、たくさん……」
「これでも本当は全然足りないくらいだよ。
テオ、誰かが保健室に居る時、いつもお見舞いに来てくれたから」
「だよな。僕も、この三倍は貰ってるかも」
「でも、テオは今まで殆ど保健室に運ばれてないから、俺達はお返しができなかったじゃん?」
「だから今日は、ドーンとウルトラスペシャルデラックス・バージョン!
とにかくテオが好きそうなもの、いっぱい選んできたってわけ! 受け取ってくれるよな?」
テオは寮生達の顔を見て、礼を述べた。
「ありがとう、みんな」
「テオ、テオー。『早く元気になって、また君の可愛いらしい笑顔を見せておくれ?』
……なーんちゃって。テオのマネー!」
周りの生徒達が笑った。
「はははっ。似てるー!」
「テオ、それ、よく言うよね!」
「あ、そうだ。あのね。テオの生徒代表就任パーティのことなんだけど。
テオには元気になるまで休んでて欲しいから、企画とか準備とか、僕達が考えておいても良いかな?」
「任せてしまっていいのかい?」
「もちろん、就任挨拶はテオにやって貰うぜ! あとのことはドーンと俺達に任せとけ!」
「テオが元気になったら、パーティやっても良いですよね、ソクーロフ先生?」
ベッドルームのドアに凭れて、全員の一挙一動を観察していた医師が、にこやかに頷く。
「ああ。構わないとも」
「じゃあ決まりだな、テオ、カッコイイ挨拶、考えておけよ?」
「それは元気になってからでいいよ。今はゆっくり休んで。早く元気になってね、テオ」
「うん。早くみんなのところに帰りたいな。博士、私はいつ寮に戻れますか?」
「そうだね、君がそう望むのなら、回復は早いと思うよ。調子が良ければ、明日でもね」
生徒達は「やったあ!」と声を上げた。
シュヌーシアの生徒が帰った後。
ウーティスの生徒、そして、アルファルドの生徒までが、テオのお見舞いに訪れた。
「テオ、タオレタンダッテ!? テオ、タイヨウとウミをアイするオトコ!
オレのナマエは、ジャワハルワール!」
お喋りなオウムを肩に乗せている生徒は、見舞いに果物をひとつ持ってきた。
今日のオウムは、随分悲痛そうに鳴いている。
「オレンジ、オミマイ! オレ、オレンジ、スキ! ダイスキ! テオにアゲル!」
オウムの小さな黒目は果物に釘付けだ。必死の「待て」である。
ジャワハルワールからテオに果物が手渡される。オウムは絶叫した。
「ギャー! オレのオヤツー!」
テオはジャワハルワールを見上げながら、
「ほ、本当に私が貰っても良いのかい? オレンジはオウム君の大好物だろう?」
「テオにアゲル! オレンジ、ビタミンCダカラー!」
泣き叫ぶように絶叫するオウムの頭を、飼い主は優しく撫でた。
ジャワハルワールは博士に軽く一礼して、無言のまま退室した。
ベッドの上で、テオは手の中に視線を落としていた。
果物を顔を近付けると、爽やかな柑橘の香りがした。
「オウム君……ありがとう」
医師は手を差し出す。
「テオ。それは保健室の冷蔵庫で預かろう」
「あ、はい」
「元気になったら、市場へ行って、あのオウムにお返しするオレンジを選んではどうだい? テオ」
「そうですね、そうします」
本編4
2009.11.26 (Thu) | Category : memo
壁際には、寮の専属シェフが用意した、様々なメニューが並んでいる。
生徒達は自分の体調に合わせ、好きな料理を取り、テーブルに着く。
焼きたてのパン、薫り高いコーヒーのいい匂いがする。
朝食の時間は、制服の着用は義務付けられていない。シュヌーシアではパジャマ姿の生徒が目立った。朝食を食べながら生徒達が話している。
「テオ来ないねー」
「まだ寝てんじゃねー?」
「生徒代表就任パーティの打ち合わせとかしたいのになー」
テオがまだダイニングルームに顔を出さない。
そろそろ来ないと、朝食抜きで授業の時間になってしまう。朝食が終わったラビが席を立つ。
「僕が起こしてくるよ」
レオンは目だけでラビを見送り、トーストをかじった。
上級生達の話し声がレオンの耳に入ってくる。
テーブルの角で、食後のコーヒーを飲みながら、ぼそぼそと囁き合っていた。
「生徒代表二日目で寝坊かよ。大丈夫なのかね、テオで」
「何言ってんだよ。テオが一番、合ってるだろ?」
「そりゃ解ってるけどさ」
「あ、お前、実は自分が選ばれるって思ってた?」
「まさか」
「じゃあ、何が不満なわけ?」
「不満だなんて一言も言ってないだろ。テオには荷が重いんじゃないかって話」
「どこが? テオなら楽しい楽しいって言って、何でもできそうじゃん?」
「おとといまでのテオならな」
「おととい?」
「昨日のテオを見なかったのか、お前は。あいつ、一日中、ぼうっとした顔しやがって。ったく、見てらんねえぜ。
あんなんで一年間も務まるのかよ、生徒代表が。代われるもんなら、代わってやりてえよ」
ドアが開く。ダイニングルームにラビが飛び込んできた。
「どうしよう、テオが居ない! テオの部屋、誰も居なかった!」
「トイレかシャワーだろ?」
「ううん。いちお呼んでみたけど、居なかった」
皆がざわつく。
「じゃあ、どこ行ったんだ、テオ」
「まさか脱走?」
「バカ。テオがするかよ」
「つーか、脱走なんてできねえだろ、この学院で。警備が見張ってんのに」
「ウーティスの新入りはしてたじゃん、初日から」
「あれとテオを一緒にすんな」
「じゃあ、その辺を散歩してるのかな? ジョギングとか」
「テオはジョギングなんてしないって。クラウスじゃあるまいし」
レオンは昨夜見た光景を思い出す。夜中、テオは一人で、ドアの前に立っていた。あの部屋は、テオの部屋じゃない。
「まさか、あいつ、まだあそこに」
「どうしたの、レオン?」
「俺、テオの居場所、知ってるかもしんねえ!」
そう言ってダイニングルームを飛び出して行く。皆はレオンの後を追い駆けた。
レオンは廊下を走った。頭の中に口煩い先輩の声が聞こえてくる。
――緊急時以外、廊下は走るな――
レオンは立ち止まらない。今はマジで緊急事態なんだっつの。
「テオ! 居るのか!?」
ドアを開け放つ。テオはそこに居た。
べッドを枕にするように、床に膝を突いて。ベッドに凭れて眠っているようだった。
「お前……マジであれからずっと、ここに居たのかよ?」
レオンを追い掛けてきた生徒達が、続々と部屋に到着する。
「テオ、こんなとこに居たー」
「寝ぼけて、部屋間違えちゃったのかなあ?」
生徒がテオの肩を揺する。
「テーオ、朝だよ。てゆうか、ここテオの部屋じゃないよ。テオ、起きてってば」
「おい、なんか、様子が可笑しくないか?」
「テオ、苦しそうじゃない?」
「もしかして、熱が」
レオンはテオの額に触る。寮生達に振り向いて、叫んだ。
「おい! 誰か博士に連絡!」
「わ、解った!」
テオが目覚めた時、最初に見たのは、真っ白な天井だった。
ここは自分の部屋ではない。周りを見渡す。
「保健室……どうして?」
「目が覚めたんだね」
真後ろから声がした。優しい顔をした白衣の男。保健教師のソクーロフ博士だ。
「おはよう、テオ」
「博士……おはようございます、あの、私はどうして、保健室に?」
「覚えていないか。君は今朝、シュヌーシアの空き部屋で倒れていたところを発見されたんだよ」
「空き部屋?」
「以前は、クラウスが使っていた部屋だそうだね」
えっ、とテオは小さく呟いた。
「彼の部屋に入ったことは覚えているのかな?」
テオは目を伏せる。
「……いいえ。自分の部屋に帰ったつもりでした」
「そうか。高熱で意識が朦朧としていたのかもしれないね」
「熱?」
「ああ、発見当時38度7分だったんだよ、君は。今はどうかな。もう一度、検温してみよう」
はい、と答える前に、耳許でピッと電子音が聞こえた。
耳式体温計だったようだ。ものの1秒で検温が終わる。
博士は表示された数値を確認後、テオにも見せた。38度2分。
「まだ高いね。今日は授業に出なくていいから、ここで静養していなさい」
博士は体温計を片付けながら、
「今日は第一回目の警備ミーティングもあったね。メンバーは三人だけだし、中止にしよう」
「えっ?」
「警備担当者には私から連絡しておくから」
「それは駄目です! ミーティングなら出れます!」
「無理だよ。体温計を見せただろう?」
「生徒代表の仕事は、休みたくありません。少しくらい熱が高くたって」
「例え、学院の総帥でも、保健室に居る間は私の患者だ。
患者には私の言うことを聞いて貰うよ」
医師の手が上がる。その手はテオの髪を撫でた。
「衰弱した身体では生徒代表の任務も務まらない。テオ、今の君には安静が必要だ」
本編3
2009.11.26 (Thu) | Category : memo
生徒代表は自分の部屋で目を覚ました。
部屋に光が差し込んでいる。太陽が昇っているのだ、いつもと同じように。
明けない夜はない、必ず朝は来る。いつの時代も希望の象徴として謳われる朝。
この学院から生徒が一人居なくなっても、朝は来る。
大好きな朝陽が、こんなにも無情に感じられた日はない。
昨日、生徒代表室で行った任命式が思い浮かぶ。一夜明けても信じられない。
あれが全て夢だったらいいのに。そうだ。悪い夢だったのではないのか。
一縷の望みを秘めて、ダイニングルームに向かった。
「あ、テオやっと起きたー」
「おはよー、テオ」
ダイニングルームの椅子は、昨日より一脚減っていた。
今日のテオは、いつも以上に声を掛けられた。
寮から校舎へ向かう途中も、教室から教室へ移動する時も。
「おはよう、生徒代表!」
「生徒代表就任おめでとう!」
「期待してるぜ、生徒代表!」
テオは「ああ、ありがとう」と応じる。
友人が多いテオは、生徒と擦れ違う度に祝福、激励の言葉が掛けられた。
肩乗りオウムにも声を掛けられた。
「テオー! セイトダイヒョウ!」
「オウム君も祝ってくれるのかい? ありがとう」
「セイトダイヒョウ、クラウス!」
「オウム君……」
「テオ、クラウス、イツモイッショ! クラウス、イナイ! クラウス、ドコ?」
ジャワハルワールはオウムの頬に触れる。テオは呟く。
「クラウスは卒業してしまったのだよ。だから、私が代わりに就任したんだ」
「ソツギョウ?」
「オウム君には少し難しいかな。私もまだよく解らないんだ。
クラウスがもうこの学院に居ないなんて、信じられない」
ジャワハルワールは無言でテオの頭に手を置いた。テオは不思議そうに、
「ジャワハルワール?」
続いて、浅黒い手はテオの左肩にポンと触れ、去っていった。
帝王学の授業。
「クラウス、解りますか?」
返事がない。
「ああ、クラウスは卒業したのでしたね。すみません。
彼はとても優秀な生徒でしたから、授業をする側としても頼りになる存在だったのですが」
残念です、と教授は言った。
「実は、教師陣の間でも彼は有名人でした。クラウスが居る講義では、いつも以上に入念な授業準備をしてしまうと。
私も彼が居た間は、毎週身の引き締まる想いで教壇に立っていましたから」
クラウスがいつも座っていた席。テオの隣だ。
今は空席になっている、その場所を教授は見ていた。あっ、と言って顔を上げる。
「クラウスが居なくなったからといって、授業の質を下げるようなことはしませんので安心して下さいね。
そんなことをしたら、クラウスに怒られてしまいます」
視線を隣の席に移した教授は、テオを見て微笑んだ。
テオはビックリする。教授は優しい声でこう話し掛けた。
「クラウスから生徒代表の座を受け継いだのは、テオだそうですね?」
「あ、はい」
「毎年驚かされるのですが、学院の運営組織は、よくこれほどまでに的確な指名ができるものだと思いますよ」
「そうでしょうか?」
「ご自身はまだ実感がないようですね。
でも私も新しい生徒代表には君が最も適任だと思います。
皆さんも納得の結果ではないでしょうか?
テオが生徒代表に選ばれて納得した方は、挙手をお願いできますか?」
帝王学の受講生達が手を挙げていく。
「ほら。見て下さい、テオ。君以外、全員の手が上がっていますよ。
自信を持って、一年間、任務を全うして下さい。
今年は君が聖アルフォンソ島の帝王なのです。帝王学で学んだきた知識が、君のお役に立てるよう願っています。
もちろん、テオだけでなく、のちに帝王となる皆さんもお役立て下さい。
帝王学の知識は、貴方の良き側近となり、貴方を生涯支え続けてくれますよ」
鐘が鳴る。授業終了の合図だ。教授が照れ笑いする。
「すみません。話が横道に逸れたまま終わってしまいました。
こんなことでは、早速クラウスに怒られてしまいますね。
来週からは、また気を引き締めて授業をします。皆さんも協力して下さいね」
授業後、テオは一人で森に来た。
月桂樹の幹に凭れて座っている。目の前には泉がある。
水面に映る雲を、ただ、ぼんやり見つめていた。
どれくらい、そうしていただろう。ふと気が付いた時、辺りは真っ暗だった。
腕時計を身に付けない主義なので、今何時なのかも解らない。
こんなところで何をしているんだろう、私は。
いくら森に居たって、もう誰も迎えに来ないのに。
遠くに寮の灯りが見えた。いい加減、帰らなくては。私の帰る場所あそこしかないのだから。
テオはゆっくりと立ち上がった。
足元がふらつく。近くの幹に手を付いて、身体を支えた。
シュヌーシア寮サロン。
クラウスが居なくなってから初めての就寝時間が訪れた。
「あ、もう、寝る時間だね」
「だな」
「えー。もうちょっと遊びたいよ。今、いいとこじゃん。ねえ、もうちょっとだけ」
「止めとけ止めとけ。そんなことしてたら、クラウスがドイツから飛んできちまう」
「俺達を怒る為だけにー?」
「やりかねないな、クラウスなら」
「だろ? 『コラー! お前達ー!』とか言って!」
皆が笑う。
笑いが治まると、シンとなった。
「んじゃ、今日は寝てやりますかっ」
「うん。そうだね」
「寝よ寝よー」
「おやすみー」
夜。
「テオ?」
レオンがクラウスの部屋の前に居るテオを見る。
その部屋で待ってたって、もう誰も帰ってこないだろ。
本編2
2009.11.26 (Thu) | Category : memo
「アイヴィー。なんで、こんな長い車で来たんだ。俺一人を運ぶだけなのに」
「ありゃ? お気に召さなかった?」
八人乗りのシートに、乗客はクラウスだけだった。
今日、アイヴィーが乗ってきたのは、自分が所有している車ではなかった。
1959年型キャデラックリムジン・ブラック。
キャデラックと言えば、大統領専用車両にも選ばれる、アメリカの高級メーカー。
これが聖アルフォンソ学院の車庫に何気なく置かれているのを発見した時は驚いたものだ。
しかも、この車には翼がある。ボディの後部に、軍事航空機のような尾翼があるのだ。
これは1950年代から60年代に大流行した、テールフィンというデザインだ。
中でも最も美しいテールフィンだと讃えられるのがこの1959年型。
「最後くらいは、いっちゃんカッコイイのに乗せてやりたいと思って、
車庫の奥から引っ張り出して、わざわざ借りてきたんだぜ?」
「最後だから、いつもの、お前の車に乗りたいと思うだろう、俺としては」
「あー。あははっ。そこまで気が回らなかったわ。最後までぐだくだで、悪いねー」
「次の生徒代表は聞いているな?」
「……ああ。テオだってな」
クラウスとテオは同じ寮。そしておそらく自他共に認める親友同士。それはアイヴィーにも見て取れた。
二人が共に居る光景はよく見掛けていたし、二人を乗せてドライブしたことも何度だってある。
新しい代表の名前を聞かされた時、今年は辛い任命式になるだろうなとアイヴィーでさえ思ったのだ。
今、後部座席に居るクラウスは、その任命式を終えて、そこに座っているのだ。
「いいか? テオが書いた重要書類は、必ずアイヴィーもチェックしてくれよ。
特に外部に送る手紙やメールは、誤字がないか、英語として可笑しな表現がないか気をつけて見てくれ。
あいつは正確性に欠ける上に、自己点検を怠るところがある。
あと、会議中、あいつがぼーっとしている時は、
間違いなく話を聞いていないから、アイヴィーが注意しろよ。
授業中も教授の話を聞かずに、全く関係ないことを夢想しているような奴だからな。それから」
そこでアイヴィーは笑った。
「何が可笑しい?」
「大丈夫だって。テオのことは、俺が責任持ってフォローするし、守るから」
「しかし、お前もルーズなところがあるからな。大丈夫なのか、次年度は」
「ご期待に応えられるように精進しまーす」
「語尾を伸ばすな」
「ははっ。クラウスのダメ出しも今日で最後だと思うと、『もっと言ってー』ってかんじ」
「マゾヒスティックな発言は止せ」
高級リムジンが空港に着く。
クラウス一人を乗せる為だけに来た、特別チャーター機。王のみに仕える鉄の鳥だ。
運転手は車を停め、先に車から降りた。従者みたいに恭しくドアを開けてやる。
「ご乗車お疲れ様でした。空港に到着致しました、クラウス・フォン・モール様」
「止めろ、似合わん」
そう怒られて、アイヴィーは笑った。
従者っぽく振る舞った自分が可笑しかった。そんなの、この学校ではしたことないのに。
クラウスに怒られたくてわざとやったのだろうか、と思うと、また笑えた。
「ほんじゃ、元気でな、クラウス。多分、向こうでも忙しいことになるんだろうけど、
あんま肩肘張らずに……って、お前さんには難しいかもだけど。
ま、時々でいいから、テイク・イット・イージーって言葉を思い出すようにな?」
「なるべくな」
「あー、全然やる気ないだろ? 『手を抜けるところは抜く』これ、俺のモットー」
「お前の、だろ? 俺には無理だ」
クラウスはこう言葉を続けた。
「だが、まあ、お前のモットーも、年に一度くらいは思い出すようにする」
「ん。それでもクラウスにしては上出来だな」
入学当時は、天然記念物レベルのドイツ軍人タイプだった。
聖アルフォンソ島で暮らした三年間が、
ガチガチだった頭に柔軟性を与えてくれたのだろうとアイヴィーは思った。
ドイツ軍人の名家に生まれたクラウス。
祖国に帰れば、軍人のエリートコースに乗るのだろう。
アイヴィーは島に来るまでは某軍に居た。
クラウスとはこの先、どこかで会うかもしれない。敵対関係でないことを願う。
「じゃー、気を付けて」
軽い調子でアイヴィーは片手を挙げた。
「アイヴィー」
「んー?」
クラウスがアイヴィーを少し見上げる。
「世話になった」
「えっ?」
「アイヴィーのおかげで生徒代表の任務もスムーズにこなせた。
それから、警備組織による日々の働きによって、
俺達生徒は今年も一年間、安全に暮らせた。生徒を代表して、改めて礼を言わせてくれ」
足を揃え、深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
軍人の家柄らしい、何よりクラウスらしい誠意ある礼だった。
アイヴィーは思わず笑ってしまう。
「どーいたしまして。お前さん、いい上官になるわ」
本編1
2009.11.26 (Thu) | Category : memo
生徒代表室では、生徒代表の任命式が執り行われていた。
クラウスからテオへ、生徒代表という役目が、ひとつひとつ引き継がれているのだ。
生徒代表とは何か、から始まり、任務の詳細や理事会についてなど、
学院の機密事項とも言える情報が、クラウスの口から語られていく。
説明は、クラウスが一人で作成した冊子を元に行われている。
生徒代表マニュアルとして、この部屋に寄贈できるほどの完成度。
これさえあれば、口頭説明も必要ないくらい、
丁寧かつ正確に、生徒代表の全てが記されている。
明らかに、一昼夜で作成できるような物ではなかった。
クラウスとテオは机を挟んで、向かい合って座っている。
これ以上ないほど完璧な段取りで業務説明は進む。
手製のマニュアルを片手に、クラウスは機械的に語っていた。
テオは机上のマニュアルを目で追っていた。
序盤は相槌を打ちながら聞いていたのだが、
それも徐々になくなり、後半になると一言も発さなくなっていた。
それでもクラウスの話すスピードは一定に保たれたまま、最終ページへ辿り着いた。
「説明は以上だ。質問はあるか?」
うん、と頷く。
「言ってみろ」
「明日になったら」
テオは俯いたまま、小さな声で呟いた。
「クラウスは、本当に、シュヌーシアに居ないのかい?」
生徒代表の任務についての、不明点を尋ねているのに。
関係のないことを聞くな。いつものクラウスなら、間違いなくそう言っただろう。
だが、その時は言わなかった。テオの声は微かに震えていた。
クラウスはテオの言葉に短く応じる。
「ああ。他に質問は?」
「私は生徒代表を辞退してはいけないの?」
「何?」
「私に貴方の後が継げる筈がないよ。貴方は最高の生徒代表だったもの」
「俺と比べる必要はない。任命された時点で、お前は次代の生徒代表に相応しい生徒だと認められている」
テオは首を横に振った。
クラウスは右の拳を握り締める。重い一息を吐いてから言った。
「生徒代表は指名制だ。余程の理由がない限り、断ることはできない。
お前に辞退できる理由があるのか?」
「新しい生徒代表が居なければ、貴方がこのまま」
「例え、お前が辞退できたとしても、俺は本日をもって生徒代表の任を解かれ、
任命式が終了次第、この学院を去ることは変えられない」
「でも私は」
「俺の後を継がせてやるって言ってるんだぞ! 他の奴に任せてもいいのか!?」
クラウスの背景に彼の肖像画が見えた。高い位置にある。手を伸ばしても届かない。
自分がどう足掻いても、あの絵を外すことはできないのだと言われているようだった。
「……やだ」
「帝王学で学んできたことを無駄にするな。習っただろう?
王たるもの、国を守る為には時に自己犠牲も必要だ。自分を律し、皆を導く。
これからはお前が、この島の王になるんだぞ。一時の感情に流されるな」
「クラウス……」
「いいか? 与えられた責務は最後まで果たせ。絶対に途中で投げ出すな。
お前にはできる。学院の運営組織も、お前が持つ、王の資質を認めたんだ」
「クラウスは? 貴方も私ならできると思ってくれたのかい?」
「新代表の最終決定には、現代表の承認が必要だ」
テオは何も言わなかった。クラウスは冷静な声で言った。
「質問がないなら、生徒代表の任命式はこれで終わりだ」
はっとテオは顔を上げる。クラウスが席を立つ。
「新しい生徒代表の健闘を祈っている」
テオに背を向けて歩き出す。
すると、後ろからクラウスの左手首が掴まれた。振り払おうと思えば、振り払えるほど弱い力。
「離せ、馬鹿」
「解らないよ」
クラウスを掴む力が少しだけ強くなる。
「明日から貴方が居ないなんて。私はどうすればいいのか解らない」
クラウスはそこで軽く笑った。
「それなら簡単だ」
「えっ?」
「今までお前が散々やってきたことだろう?」
クラウスはテオを見つめて、言った。
「楽しいことをしろ。お前から『楽しむこと』を取ったら、他に何が残る?」
シュヌーシア寮の生徒達に見送られる。
「クラウス。これ、みんなで書いたの」
「元気でね、クラウス」
「それはお前だ、ラビ。喘息も大分良くなってきたんだから、
これからも身の回りは綺麗に。部屋の片付けを忘れるなよ」
「うんっ」
「クラ、ウス」
「泣くな、今生の別れでもあるまいし」
「だ、だって、もう会えないかも、しれないし」
「行っちゃやだよ、僕達のお父さんなのに」
「お前達に最後に言っておきたいことがある」
「消灯時間は守れ。翌日の講義に障る。解ったな?」
「泣かなかったね、クラウス。最後くらいは初めて泣いた顔が見れるかもって思ったけど」
「泣くわけねーだろ、クラウスが。あいつの頭、固くて古いから、
人前で男が泣くな、とか言うタイプだろ?」
「だな。んじゃ、寮に戻ろうぜ」
車が走り出すと、テオが寮へ駆け出した。
「テオッ!」
追い駆けようとしたラビの腕をレオンが捕まえた。
「行くな、ラビ」
「でも、テオが」
「一人にさせてやれ」
序章2
2009.11.26 (Thu) | Category : memo
クラウスが自室で、荷物の整理をしていると、中等部一年がやってきた。
クセのある茶髪は、当人の性格を示すように縦横無尽に跳ねている。
壁に貼られていた紙を見て、一年生は「うわ」と言った。
「ちょ、クラウス。これ何だよ」
クラウスは片付けをする手を動かしながら、
「何って。見れば解るだろ。卒業準備の計画表だ」
七月から八月まで片付けや手続きのスケジュールが事細かに記されていた。
生真面目で几帳面なクラウスは、何事も事前に計画を立て、その予定通りに事を運びたい性格だった。
試験期間中も、同様の計画表を必ず作るタイプだった。
レオンは綿密なスケジュール表を見て、げっそりしている。
「あんたって、こういうトコまできっちりしてるよな、気持ち悪いくらい」
「人のこと気持ち悪いって言うな。なんだ、レオン。邪魔しに来たのか?」
「どっちかって言うと、俺、あんたの手伝いに来たんだけど?」
「お前が?」
「うん」
そう言って、レオンは右手を差し出した。
「その手は何だ?」
「ちょーだい?」
「何を?」
「何でも良いから、あんたの持ち物、いっこくれよ。
引っ越し荷物は少ないほうが良いだろ? 俺がいっこ減らしてやるよ」
レオンは人差し指にひっかけたキーホルダーを振り回しながら、サロンに入った。
錆びた銀色の渋い光。放課後のサロンでくつろいでいた生徒達の目に留まる。
レオンと仲が良く、同じ中等部一年ラビットが尋ねる。
「あれ? レオン、それ、どうしたの? そんなの持ってたっけ?」
レオンはフフンと笑って、
「クラウスに貰ったー」
クラウスの部屋。
引き続き片付けをしている最中、ドドドと床が揺れた。
「な、なんだ。地震か?」
シュヌーシアの寮生達が雪崩れ込むように部屋に入ってきた。
「クラウスー! 僕にもなんかちょーだーい!」
「俺も俺もー!」
「なっ!? お前達、全員か!?」
生徒達は元気良く頷いた。
「レオンにはあげたんだろー! 俺にはくれないのかよー! ケチー!」
「いや、しかし、そんな大勢で来られてもだな……その前に言っておきたいことがある!」
「何?」
「廊下は緊急時以外走るな!」
「緊急事態だよね?」
「うん。クラウスの物が貰えるんだもんな」
「きんきゅーじたい、きんきゅーじたい!」
「クラウス、これ、なあにー?」
「おい、何を勝手に開けてるんだ、お前は!」
「俺、これにしよーっと!」
「僕は、これにするー!」
「待て! せめて俺に一度見せてからにしろ!」
「俺は本にしよっかなー。なんかどれも難しそ。ねー、マンガないのー?」
「あるわけないだろう」
「あ! 僕、クラウスのノート欲しい!」
「うわ、俺もそれがいい! 数学のノートくれよ! これで来年の数学は100点だぜ!」
「僕も数学が良かったー! じゃあ、歴史にしようかな。クラウス、歴史取ってる?」
「ノートは絶対にダメだ!」
「えー」
「勉強は自分でしろ。先輩のノートに頼るなど言語道断だ。
大体、今年と来年では内容が変わるから、俺のノートを持っていたところで意味はないぞ」
「ちぇー」
「使ってないペンとかない? クラウスのペンでテスト受けたら、点数上がりそう」
「それイイな!」
「だから、点数は自分で勉強して上げろ」
「お父さん、おんぶー」
「何故だ!? おい、誰だ俺の背中に乗ってる奴!」
「俺も乗っちゃおー」
「わーい! 僕もー!」
「……お前ら、俺を押し潰して、そんなに楽しいか」
「たのしー!」
「今すぐ降りろー!」
サロンに戻ってきた生徒達は、クラウスの部屋でゲットしてきた戦利品を見せ合っていた。
「お前、何貰ったのー?」
「消しゴムー」
「うわ、どシンプルなデザインの消しゴムだな。イマドキそんなのないだろ」
「俺はTシャツだぜ!」
「えー! それ、カッコイイ!」
シュヌーシアの生徒達が出ていったクラウスの部屋は、惨状だった。
綺麗に整理整頓してダンボールに入れた荷物まで、順番がめちゃくちゃになった。
シリーズ物の本は、一巻から十巻まで正しく並べたいのに。
箱の外も散らかし放題である。何故、出した物が元の場所に戻せない?
これでは、引っ越し作業の前に大掃除が必要だ。頭が痛い。もう叱る気力さえなかった。
「クー、ラー、ウー、スー!」
叫び声が物凄いスピードで近付いてくる。勢い良くドアが開いた。
ウーティス寮のシルヴァン・クラークだ。
「今ならもれなく、クラウスの使用済みグッズが貰えると聞いたのですが!」
その夜。
クラウスの部屋は、やっと今日の放課後前の状態に戻った。もう消灯時間である。
「疲れた……」
壁に貼ったスケジュール表の前に立つ。今日の日付にバツ印を付けた。クラウスは頭垂れた。
「今日も予定通りに進まなかったな」
クラウスの持ち物が貰えるという話が広がり、大勢の生徒が来て、部屋を引っ掻き回していった為、
派手に散らかされた部屋の片付けをしただけで一日終わってしまったのだ。
「只でさえ、作業が遅れているというのに、あいつらめ」
友人達が居るから、何かと邪魔されて進まないのだ。あいつらが居なければ、スムーズに終わるだろう。
しかし、ここ卒業すれば、そんなこともなくなる。
部屋を荒らされたり、無駄話をしたり、突然におんぶをせがまれるようなことも。
あいつらの誰とも会えなくなるのだから。
「明日こそ、遅れを取り戻さなくてはな」
クラウスは思考を停止させる。
夜中に余計なことを考えて睡眠時間が削れ、明日の講義で眠たくなることほど、無駄なことはない。
そういう時は寝るに限るのだ。今日は早く寝よう。そう思った。
カーテンさえ閉めていなかったことに今更気が付く。
窓辺に立つと、寮を出ていく人影が見えた。
クラウスの部屋は二階。人影の後ろ姿が見える。
特例を除き、夜間に寮の外に出ることは校則で禁じられている。例え学院の敷地内であってもだ。
「誰だ、こんな時間に」
クラウスの視力は1.5を維持しているが、流石に夜では、はっきりとは見えない。
目を凝らす。月光が一瞬見せた髪は金色に見えた。
クラウスは窓を全開にする。部屋に夏の生温い夜風が吹き込んだ。
窓枠に手を掛け、着地点を確認する。この高さなら、いける。
月桂樹の青い香りがする。
テオは幹に凭れて、一人で月を見上げていた。木と木の間から、薄雲を纏った月がぼんやり見える。
時折何かの鳴き声が聞こえた。森に棲む夜行性の動物だろう。幾つかの光る目が遠くからテオを見守っていた。
テオは何をするでもなく、ただ月を見ている。白いワイシャツ姿、リボンタイはしていない。
寝間着に着替える前に、ここに来たのだ。今日もきっと
眠るまでに時間がかかるだろうから。
一羽のナイチンゲールが地面に下りてきた。それにテオが気付く。鳥と人間の目が合った。
茶色の小鳥は逃げずに、首を左右に傾げている。テオは静かに言った。
「ごめんね、ナイチンゲール君。君達の時間に森に来て。邪魔はしないから、もう少しここに居させておくれ」
小鳥はちょんちょんと歩き、辺りに落ちている葉を啄み始めた。
それを見てテオは、ありがとう、と呟いてまた夜空を仰いだ。
森の上には星空が広がっている。テオの位置からは、その全景は見られない。
木々の隙間から、ほんの少し見えるだけだった。
生暖かい風が、テオの横をゆっくりと通り過ぎていく。
闇夜の中に居ると、このまま朝は来ないんじゃないか、という考えが浮かび、消えていった。
食事中の小鳥が急に木の上に飛び立った。どうしたんだろう、と思った時、声が聞こえた。
「夜間に出歩いてる奴、出て来い! おい! 居るんだろう! 隠れても無駄だぞ!」
駆けてくる足音と共に、叱る声が近付いてくる。
彼はテオの前に姿を現した。眉間に皺を寄せた、いつもの顔をして。
「やっぱりお前か」
「クラウス……どうして、ここに」
「お前が寮を出ていくのを見たんだ。夜間の外出は校則違反だろうが!」
「あ、うん。でも、クラウスだって、ここに居るじゃないか?」
「俺は……お前を連れ戻しに来たんだ! お前は何やってたんだ、こんな時間に」
「別に何も。今宵は眠れなくてね」
「具合が悪いのか? なら、行く場所は森ではなく保健室だろう」
「ううん。身体は何ともないから」
「そうなのか? じゃあ、寮に戻るぞ」
「うん」
暗い森を歩く。月明かりだけが森を仄かに照らしている。
少し遠くに見えるウーティス寮の明かりが、森の出口を示す目印だ。
日中は快く聞こえる鳥の鳴き声も、夜中では不気味にさえ聞こえた。
草を踏む二人の足音がやけに大きく響いた。
歩幅が大きいクラウスが、テオより先に進んでいく。
少し離れれば、その背中は闇に紛れて、見えなくなりそうだった。
今なら、追い駆ければ彼に手が届く。名を呼べば貴方は止まってくれる。
だけど、1か月後には。
「遅いぞ、テオ。何、立ち止まってる」
腰に手を置いている。
「夜間に出歩くことは禁止事項なんだぞ? 誰かに見られたら示しがつかん。早く歩け」
「うん」
テオは重い足を踏み出した。
序章1
2009.11.26 (Thu) | Category : memo
帝王学の教室に、教授の声が響いている。
誰より真剣な眼差しで板書している生徒が、今年度の生徒代表だった。
高等部三年のクラウス・フォン・モール。
ドイツ軍人の家系に生まれ、規律に厳しい生真面目な男に育った。
授業態度は極めて良く、試験の点数もトップクラスである。
「もし手に入れば高得点間違いなし」と噂される黄金のノートが作成されつつあった。
隣の席に居る金髪の生徒は、テオ・メネシス。高等部二年。
クラウスと同じシュヌーシア寮だ。
テオは、教授の声を写し取る様子は見られない。手は頬の下で固定されたままだ。
ぼうっとした表情で、窓の外を眺めていた。
「彼は、イタリア・ルネッサンス期の政治思想家、代表作は君主論です」
この講義を担当しているのは、フランスから来た大学教授。眼鏡が似合う四十代前半の紳士。
帝王学を専攻しているとは思えないほど、柔らかな雰囲気を纏っている。
今日も声も優しい声で授業をしていた。
「俗に、目的の為なら手段を選ばないといった思想を何と言うでしょう?」
教室を見渡すし、目の合った生徒の名を呼んだ。
「クラウス、解りますか?」
テオの視線が窓から隣の席へ移る。クラウスは教授の目を見て答えた。
「マキャベリズムです」
「はい、正解です」
「教授、マキャベリズムについて質問をしても宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
「教授が仰った意味は、実際は誤解であり、
マキャベリの思想とは異なっていると唱える説がありますよね?」
生徒達の視線が教壇に向けられる。眼鏡の教授は微笑んだ。
「ええ。今週もしっかり予習してきていますね、クラウス」
「その相違点について、詳しく伺えますか?」
解りました、と言って、教授は解説を始めた。
「一般的にマキャベリズムという言葉は、単に『目的』の為なら手段を選ばないという意味で使われていますが、
マキャベリの思想は、『国の利益』になるなら冷酷非道な手段も厭わない、という考え方です。
国の為、この部分が重要なのです。マキャベリにそう思わせたのは、イタリアに咲いた悪の華、
イタリア統一の為に冷酷非道な暗殺を重ねた、チェーザレ・ボルジアだと言われています」
クラウスは教授の目を見ながら話を聞いている。その熱心な横顔をテオが見守っている。
「当時のイタリアは数多くの小国に分裂していた為、全てを統べる王を求めていたマキャベリにとって、
チェーザレはまさに理想の君主でした。マキャベリはチェーザレを評して、
『チェーザレはは高邁な精神と広大な目的を抱いて達成する為に自らの行動を制御しており、
新たに君主となる者は彼を見習うべき』という言葉を残しています」
クラウスはノートにメモを取り、赤ペンで素早くラインを引いた。
「チェーザレは毒殺のイメージが強く、自己犠牲のイメージがないかもしれませんが、
彼は父の期待に応え、日夜良く働きました。数々の作戦を成功させ、謀反する部下は容赦なく葬りました。
一時の感情に流されない、彼の非情なまでの冷酷さが、新たな秩序と忠誠を生みだしたのは事実です」
テオは再び空を眺める。雲がゆっくりと泳いでいた。
授業終了の鐘が鳴る。教授は教科書を閉じた。
「今日学んだマキャベリの君主論は、よく復習しておくように。
来週はジャンティエの反マキャベリ論を紐解いていきましょう」
ありがとうございました、クラウスがいつものように折り目正しく礼をした。
帝王学の教室を出た。テオとクラウスは肩を並べて廊下を歩いている。
今日の授業はこれで終わり。帰る先は、二人ともシュヌーシア寮だ。
「テオ、今日の授業、ちゃんと聞いていたか?」
「え? うん。マキャベリズム、だろう? 今日も褒められていたね、クラウス」
「今日のテーマはマキャベリだ。マキャベリズムの部分しか聞いていなかったんじゃないのか?」
テオが笑顔を見せると、クラウスは苦い顔をした。
「クラウス」
誰かに呼ばれた。クラウスとテオがは、声のしたほうに振り向く。
そこに居たのはウーティス寮の二人。高等部一年のジョシュアと中等部三年のアンリだった。
声から判断して、クラウスを呼んだのは、バニラボイスと讃えられるほう。
華奢で少女のような顔をしている、クラウスの苦手な相手だ。少し怪訝な様子で尋ねる。
「何だ、アンリ」
アンリが背の高いクラウスを少し見上げる。鼻筋でさえツンと美しく整っている。
「返事、まだ聞いてないんだけど?」
「え? ああ、すまん。忙しくて忘れていた」
「来るよね?」
「行ってもいいんだが、何故お前が俺を誘う?」
「だって、貴方が来ないと、つまらない」
おや、とテオが口を挟む。
「これはまた、いつの間に。デートの約束かい?」
クラウスは呆れている。
「誰がこいつとデートなんかするか。チェスパーティに招待されたんだ」
「それはそれは。素晴らしいパーティだね、アンリ。
私はまだ呼ばれていないようだけど、招待状はこれから届くのかな?」
「届かないよ。貴方は弱いでしょう、チェス。ギャラリーに居ても煩さそうだし」
それまで黙っていたジョシュアが、アンリ、と窘めた。それをアンリは無視して、
「じゃ、必ず来てね、クラウス」
ジョシュアは先輩二人に会釈してから友人の背中を追い駆けた。
校舎を出たところで、また他の生徒に声を掛けられた。
「あっ! お父さーん!」
長い髪を跳ねさせながら、長身の生徒が駆けてくる。
ウーティス寮の高等部一年、シルヴァン・クラークだ。
シルヴァンがこの学院に入学したのは約一年前。入学初日から外泊したワイルドボーイとして一躍有名になった生徒だ。
それ以降も懲りずに、何度も無断外泊、無断外出を重ねた、言わば問題児。
その度に生徒代表のクラウスは手を焼かされてきた。シルヴァンの顔を見ると、条件反射的にしかめっ面になるのも無理はない。
「今日は何だ、シルヴァン」
「卒業パーティの日、決まりましたか?」
「ああ、そのことか。まだ日程の調整ができなくてな。予定より少し早くなりそうだ」
テオの肩が小さく跳ねた。クラウスは生徒手帳に書いたスケジュールを見ながら、
「おそらく、八月の上旬になるだろうな」
「上旬? もう残りひと月じゃないですか!」
「俺が居なくなったからと言って、夜遊びばかりするなよ? 学生は勉強が本分なんだからな」
「そうですね。そんなにしないと思いますよ、夜遊びは」
「本当だろうな?」
「はい。だって、貴方が居なくなったら、夜遊びする意味がなくなっちゃうじゃないですか」
「……どういう意味だ、それは」
「まあまあ。えっとー、八月の上旬に卒業パーティがあるなら、
僕は、夏休みを中旬くらいから取ればオッケーですね」
「別に、無理をして、出席しなくても良いんだぞ?
年に一度の夏期休暇だ。島でじっとしていられないだろう、お前は」
「いいえ。クラウスの卒業パーティには絶対に行きますよ。
僕、貴方には、入学初日からお世話になってますからね」
「ああ……あの頃のお前は酷かったからな」
「もー、酷いだなんてー。僕のおかげでスリリングな日々だったじゃないですか」
「馬鹿。散々人に迷惑を掛けておいて。
しかし、入学当時に比べると、まあ、お前も随分落ち着いたな」
「きゃはっ。お父さんに褒められちゃいました!」
「お父さんって言うな!」
怒られて、シルヴァンは笑っていた。
話が終わると、彼は手を振りながらウーティス寮へ帰っていった。
クラウスとテオは再びシュヌーシア寮へ向かって歩き始める。
テオは俯いたまま言った。
「モテモテだね、クラウス。よくお声が掛かる」
クラウスは苦い顔をする。
「変な言い方をするな。俺の卒業が近いからだろ?
どいつもこいつも、こんな時期になってから、ドタバタと予定を詰め込みやがって。
こっちは卒業準備で忙しいっていうのに」
「さっきの話は本当なのかい? 八月の上旬だなんて。中旬か下旬になるって話だったのに」
「ああ。帰国後は色々と出向くところもあるし、当初の予定より忙しくなりそうだから、
早めに帰って事前に準備しておきたいんだ」
そう、とテオは言った。
「クラウス! クラウス! オイ! クラウス!」
随分と甲高い声で呼ばれた。人間の声ではない。
クラウス達の後方に居たのは、浅黒い肌の生徒。髪は長く、緩やかな波のある金色。
アルファルド寮のジャワハルワールだ。その左肩には白いオウムが乗っていた。
その鳥と親しいテオが笑顔で挨拶する。
「おや。こんにちは、オウム君、ジャワハルワール」
オウムもフランクな様子で片翼を挙げる。
「テオ! タイヨウとウミをアイするオトコ! クラウス、セイトダイヒョウ!」
「相変わらず素晴らしい記憶力だね。流石はジャワハルワールのオウム君」
「テオ、クラウス、イツモイッショ! シュヌーシアのオトーサンとオカーサン!」
「おや。嬉しいことを言ってくれるねえ、オウム君」
「……誰だ、余計なことを教えた奴は」
クラウスはオウムとジャワハルワールを見比べて、人間のほうに尋ねた。
「で。俺に用か、ジャワハルワール」
答えたのはオウムだった。
「クラウス、パーティのヒ、キマッター?」
ジャワハルワールはクラウスを見つめてはいるが無言だった。オウムは言葉を繰り返す。
「キマッター? キマッター?」
「……いや、まだだが」
クラウスは鳥との会話がやりにくそうだった。
テオは気にならない様子で、鳥に向かって話し掛ける。
「オウム君。パーティは八月の上旬になるそうだよ?」
「ハチガツ、ジョウジュン!」
「オウム君とジャワハルワールもクラウスのパーティに行くのかい?」
「クラウスのパーティ、イクー!」
「では、卒業パーティの日時が決まったら、
アルファルドにも連絡を回さなくてはね、クラウス?」
「本当にお前も来る予定なのか、ジャワハルワール」
クラウスが人間のほうに確認をとると、ジャワハルワールは静かに頷いた。
「クラウス、タスケテクレター! クラウス、ツヨイ!」
「おや。クラウス、オウム君を助けたことがあったのかい?」
「いや、まあ、猫を追っ払ったことはあるが」
「猫?」
「もう随分昔のことだが、森で、この鳥が、
猫と一触即発の現場に出くわしたことがあったんだ。
無用な殺生は避けるべきだろう、動物も人間も」
「アリガトー! クラウス、イイヤツ!」
「隅に置けない人だね、オウム君まで虜にするとは」
「だから、お前は可笑しな言い方をするな」
「クラウス! ソツギョウしたら、ジャワハルワールのクニに、アソビにキテネー!
ジャワハルワール、コクオウ! ジャワハルワールにバンザイ!」
ジャワハルワールが踵を返す。向かう方向はアルファルド寮だ。
鳥と人間の後ろ姿を見ながら、クラウスが独りごちる。
「少し見ない間に、またお喋りになったな、あの鳥は」
テオが手を振る。
「またねー、オウム君、愛しているよー!」
すると、オウムが反応した。
「マタネー、テオ、アイシテルヨー!」
クラウスが肩を落とす。
「テオ。鳥にまでヘンな言葉を教えるんじゃない」
「妬いてくれたのかい、クラウス?」
「違う」
「心配しなくとも、私が誰を一番愛しているかは知っているだろう?」
「……帰るぞ」
「そうだね。私達の家に帰って、ブレイクタイムにしよう。
今日は私もエスプレッソにしようかな。クラウスも飲むだろう?」
ああ、と頷いた後で「いや、やっぱり、いい」
「え?」
「部屋の片付けがある。昨日は生徒代表の仕事があって作業が進まなかったからな」
後編3
2009.11.20 (Fri) | Category : memo
ああ、そうだった。
貴方から貰った言葉なのに、私が守っていなかったなんて。
「おや。アイヴィー?」
「よっ、テオ」
「私を迎えに来てくれたの? もしや、会議はどこか別の場所で行われるのかい?」
「いいや。ここだよ」
「ええっと、どういうことだろう?」
「ご挨拶が遅れました、私は警備組織司令官のアイヴィーです。
この度は、生徒代表ご就任、おめでとうございます」
「えっ? アイヴィーが、司令官……」
「警備組織は生徒代表の剣と楯。貴方のご一存で動かすことが可能です。
我々は、生徒代表への忠誠を誓います、テオ・メネシス様」
「か、カッコイイ! カッコイイよ! アイヴィー!
まさか貴方が司令官だったなんて!
私、貴方のこと、陽気なタクシードライバーさんだと思ってたよ!」
「いや、それも間違いじゃねーから」
「昼はタクシードライバー、しかしてその実体は、島の平和を守る司令官だったのだね!」
「はーい。チキン&チップス、お待たせー」
顔馴染みの店員から、アイヴィーが皿を受け取る。
ソクーロフが他の皿を避け、テーブルを開ける。そこにアイヴィーが皿を置いた。
今、到着したのは、鳥の唐揚げとフライドボテトの盛り合わせだ。
アイヴィーは早速、唐揚げを口に入れる。揚げたてでウマイ。煙草をくわえているソクーロフは手を付けなかった。
ここは島の旧市街にあるアイリッシュパブ。
アイヴィーとソクーロフは遅い夕食をとりながら、くだらない話や仕事の話をしていた。
他にテーブルの上に乗っているのは、5種類の焼きソーセージ、
ギネスビールで柔らかく煮込んだ牛肉、野菜スティック、細長いガーリックトーストなどだ。
いつも、頼んだ料理の三分の二を平らげるのはアイヴィーで、ソクーロフは残りをつまむ程度だった。
ポテトも二つ食べ終わり、店員の姿が見えなくなったところで、アイヴィーは話を再開した。
「じゃあ、今は元気になったったみたいで良かったよ。
テオが倒れたから今日のミーティングは中止、って聞いた時は驚いたけど」
ソクーロフは唇から煙草を離し、灰皿に置いた。
「驚いたか?」
「そりゃ驚くでしょ? いつも元気いっぱい太陽スマイルのテオだぜ?
あいつはソクちゃんに世話になったこと殆どないでしょ?」
「ああ。だが、今回のことは、事前に予測できたことだ」
「え? テオが倒れるって解ってたってこと?」
「あの子の心身に何らかの影響が出るとは思っていた。しかし、正直、今回のことは私の予想以上だった。
これほど即座に、かつ顕著な症状が、表に現れるとは」
アイヴィーはカウンセラーの表情を伺う。目が合った。が、ソクーロフは視線を外した。珍しい。
「なに? どーしたのさ、ソクちゃん。ヘンな顔して」
「いや」
グラスを傾ける。思い出したように、ソクーロフは料理に手を付けた。
アイヴィーも鳥の唐揚げをフォークに刺す。オレンジ色のソースを付けて、口に入れた。衣がサクサクと音を立てた。
「酒の肴に、ひとつ、話をしてやろうか?」
そう言って、ソクーロフは話し出した。
アフリカのある村では『若者は野生の鶏肉を食べてはいけない』と決まりがあった。
その村に住む若者が、ある日、他国で知人の家に泊まった。
朝食に肉料理が出たので『これは野生の鶏肉か?」と尋ねた。
「違う肉だ」と知人が答えたので、若者は安心してたくさん食べた。
それから何年も過ぎた後、二人は再会した。
その時には既に、アフリカの男は、若者ではく、大人と呼べる年齢になっていた。
村の決まりは『若者は野生の鶏肉を食べてはいけない』だった為、知人はこう誘った。
「君はもう大人だから、大丈夫だね。食べていくかい?」
しかし、アフリカの男はこう言った。
「あれから、村に魔術師が現れて、大人も鶏肉を食べてはいけないことになった」と。
知人は途端に笑い出した。
「可笑しな村だ。肉くらい、何を食べても平気だよ。
いつか、君に食べさせた肉も、本当は野生の鶏肉だったのだから」
途端に、アフリカの男は全身が震え出した。
それから二十四時間と経たずに、彼の心臓は止まった。
そんな話を聞かされたアイヴィーは目を覆っていた。
「お医者さん、お医者さん。酒の肴にしては話がコワ過ぎるよ。
つーか、まだ鳥の唐揚げが残ってるのに、そんなコワイ話しちゃう?」
「ちなみに、この話はフィクションではなく、1682年、アフリカのコンゴで起こった実話だ」
「出たー。ある意味、本当にあったコワイ話ー」
「この場合、死因は何になると思う?」
「し、死因?」
「原因不明の突然死だろうか、不慮の事故死だろうか。
肉を食べさせた人間に罪があると考え、殺人事件に仕立てることもできるかもしれない。
医師なら急性心不全と書くだろう。だが、それも要は『急に心臓の動きがおかしくなった』という意味で、
厳密な死因は医師にも解らない時に使われる便利な言葉だ」
「え、そうなの!?」
「ああ。他にもこんな事例がある」
ソクーロフは感情を表に出さず、続ける。
「妹が車に轢かれる瞬間を見て、心臓が止まった十一歳の姉。
軍隊から離れる希望を却下され、その日のうちに死んでしまった兵隊。
手術台に乗っただけで麻酔を掛ける前に亡くなる患者。
無害なヘビであっても、ヘビに噛まれた恐怖で死んだ男。
サンタクロースを目撃したショックで死亡した四歳の女の子も居る」
「そんなことで!?」
「そうだ。そんなことで、と思われる状況で、彼等は亡くなった」
「でもさ、それって、元々、心臓が弱かった人とかなんじゃないの?」
「いいや。いずれのケースも、それまでは、死を招くような身体的問題はなかった人間だ。
精神的ショック。それが直接、人を死に至らしめたとしか考えられない」
「そんなことって」
「世界中にある事実だ。実際にあった症例をあと幾つ話せば信じる?」
「も、もういいよ。夜に一人でトイレ行けなくなっちゃうだろ!」
「興味があれば、後日にでも、良い参考文献を教えてやる。
物理学者であり心理学者でもある精神治療医が書いた、500以上の心因性死をまとめた本だ」
「ごひゃっ……いや、あんた、お医者さんだからって、そんな本まで読んでるのかよ……」
「真っ当な業務資料だろう」
「いやー、うーん」
「つまり、心が受けた傷だけで、心臓が止まる場合が実際にあるということだ」
医師は灰皿の上でトンと灰を落とす。
「悲しみは、人をも殺す」
黒い皿に横たわった灰。
アイヴィーには、それが煙草の死骸のように見えた。ソクーロフはぽつりと言う。
「だから、驚くほどではないんだ。テオが突然、高熱を出したことは」
「えっ?」
「熱だけで済んで良かった、今回はな。お前もこの一年間は、特に注意して欲しい。
あの子と接していて、異常に気が付いたら、すぐに私に報告しろ」
後日、生徒代表室。
アイヴィーはミーティングを行う為、ここに来ていた。
「テオ。理事会からのメール見たか? 入学希望者が居るってヤツ」
「ああ、見たよ見たよ! アルフレッド・ヴィスコンティがこの学院に来るなんて!」
「あ、やっぱ知ってんだ? あの子役」
「知ってるなんてもんじゃないよ! 彼はあの名作『キャプテン・ライアンと最後の海賊たち』で、
イーグルアイのジェイミーを演じた、あのアルフレッド・ヴィスコンティだよ!?
あの映画は実に素晴らしかった。私は少なくとも五回は見ているよ」
「あー、お前さん、海とか大好きだもんなー。自分でお船も持ってるし」
「アルフレッド・ヴィスコンティの学院案内も、私が務めて良いのだよね!?」
「そりゃ、お前さんが生徒代表だからな」
「ああ、神様! 幸運を授けて下さって、ありがとうございます!」
「大袈裟だねー」
「早速、アルフレッドの為に、色々準備しなくては!
あ、そうだ! ねえ、アイヴィー、学院案内の時に、私の船を使っても良いかい?」
「ああ、まあ。ダメって話は聞いたことないからイイんじゃね?」
「良かった! では私、アルフレッドを連れて、クルーズしてくるよ!
聖アルフォンソ島の素晴らしさを語る上で、海は欠かせないものね!
ああ、あのイーグルアイ・ジェイミーと二人きりで航海ができるなんて、夢のようだ!
生徒代表の学院案内とは、なんて素晴らしい特権なのだろう!」
両手を掲げて喜んでいる。
テオの笑顔は、見ているほうも自然と同じような顔にさせた。
「楽しそうだな、テオ」
「もちろん!」
テオらしいキラキラとした顔。
「私から『楽しむこと』を取ったら、他に何が残るんだい?」
テオは少し上を向く。視線の先には肖像画があった。
「ねえ、アイヴィー」
「ん?」
「最後まで、生徒代表を一年間務めれば、私もあそこに飾って貰えるよね?」
「ああ」
「一年間、任務を全うすれば隣に居られる、ここで、永遠に」
「ちゃんと飾って貰えるように、最後まで務めなくてはなね」
fin
後編2
2009.11.20 (Fri) | Category : memo
テオが朝食に顔を出さない。
「どうしよう、テオが居ない! テオの部屋、誰も居なかった!」
「まさか、あいつ!」
「どうしたの、レオン!」
レオンが食堂を飛び出す。そのあとに皆が続いた。
レオンは廊下を走った。脳裏に口煩い先輩の声が聞こえてくる。
「今はマジで緊急事態なんだっつの!」
レオンは走った。その部屋に向かって。
昨夜、テオがドアの前に立っているのを見た、あの部屋に。
「テオ! 居るのか!?」
ドアを開け放つ。テオはそこに居た。
べッドを枕にするように、床に膝を突いて。ベッドに凭れて眠っているようだった。
「お前……マジであれからずっと、ここに居たのかよ?」
レオンを追い掛けてきた生徒達が、続々と部屋に到着する。
「テオ、こんなとこに居た……」
「寝ぼけて、部屋間違えちゃったのかなあ?」
一人の生徒がテオの肩を揺する。
「テーオ、朝だよ。てゆうか、ここテオの部屋じゃないよ。テオ、起きてってば」
「おい、なんか、様子が可笑しくないか?」
「テオ、苦しそうじゃない?」
「もしかして、熱が」
レオンはテオの額に触る。寮生達に振り向いて、叫んだ。
「おい! 誰か博士に連絡!」
「わ、解った!」
テオが目覚めた時、最初に見たのは、真っ白な天井だった。
ここは自分の部屋ではないようだ。周りを見渡して、それは確信となる。
「保健室……どうして?」
「目が覚めたんだね」
真後ろから声がした。優しい顔をした白衣の男。保健教師のソクーロフ博士だ。
「おはよう、テオ」
「博士……おはようございます、あの、私はどうして、保健室に?」
「覚えていないか。君は今朝、シュヌーシアの空き部屋で倒れていたところを発見されたんだよ」
「空き部屋?」
「以前は、クラウスが使っていた部屋だそうだね」
えっ、とテオは小さく呟いた。
「彼の部屋に入ったことは覚えているのかな?」
テオは目を伏せる。
「……いいえ。自分の部屋に帰ったつもりでした」
「そうか。高熱で意識が朦朧としていたのかもしれないね」
「熱?」
「ああ、発見当時38度7分だったんだよ、君は。今はどうかな。もう一度、検温してみよう」
はい、と答える前に、耳許でピッと電子音が聞こえた。
耳式体温計だったようだ。ものの1秒で検温が終わる。
博士は表示された数値を確認後、テオにも見せた。38度2分。
「まだ高いね。今日は授業に出なくていいから、ここで静養していなさい」
博士は体温計を片付けながら、
「今日は第一回目の警備ミーティングもあったね。出席者は三人だけだし、中止にしよう」
「えっ?」
「警備担当者には私から連絡しておくから」
「それは駄目です! ミーティングなら出れます!」
「無理だよ。体温計を見せただろう?」
「生徒代表の仕事は、休みたくありません。少しくらい熱が高くたって」
「例え、学院の総帥でも、保健室に居る間は私の患者だ。
患者には私の言うことを聞いて貰うよ」
医師の手が上がる。その手はテオの髪を撫でた。
「衰弱した身体では生徒代表の任務も務まらない。テオ、今の君には安静が必要だ」
「ソクローフ先生」
放課後の保健室。
ソクーロフがカルテを書いていると、シュヌーシアの生徒達、ほぼ全員が、ぞろぞろと連れ立ってやってきた。
保健室の先生は優しい声で応対する。
「おや。みんなお揃いだね」
「あの、先生、テオは大丈夫ですか?」
「みんな、テオのことが心配で来てくれたのかい?」
生徒達は一様に頷いた。
「テオ、熱はどのくらいあったんですか?」
「先程、計ったら、38度2分だったよ」
「そんなに……風邪なんですか?」
「風邪、というよりは、疲れが溜まったまま回復することなく悪化したといった状態だね。
大丈夫。身体的には悪いところはなかったよ。ただ」
「ただ?」
「身体に支障はない程度だが、血糖値が低かったのが気になったね。最近、テオはきちんと食事を取っていたのかな?」
同じ寮で寝食を共にしている生徒達は、昨日の食卓風景を思い出す。
「晩ご飯食べに来てなかったんじゃない? 昨日は」
「あ、そうだよね。でも、昨日は、一人にしておいてあげようってことになって」
「昨日は朝ご飯の時もすぐ居なくなっちゃったよね」
「そう言えば、テオって最近ご飯残したりしてなかった?
いつだったかな、テオってターキーとか好きなのに、他の人にあげたりしてさ。結構前から具合悪かったのかも」
「そーかー? いつもと同じくらいじゃねえの?
前はいっぱい食べてたけど、最近はずっとあんなかんじだったろ」
生徒達のお喋りを医師は軽くメモを取って聞いていた。
赤いボールペンを白衣の胸ポケットにしまう。
「ありがとう、貴重な証言を聞かせてくれて」
「僕達、テオのお見舞いがしたくて来たんですけど、会っちゃダメですか?
ダメなら、これ、テオに渡しておいて貰いたいんですけど」
「会って構わないよ、感染性ではなかったし」
ソクーロフは生徒達の顔を見る。
「どんな抗生物質より、薬になるかもしれないね、君達が」
医師は席を立つ。
「テオのベッドへ案内するよ。付いておいで」
保健室二階、ベッドルーム。
一番窓側のベッドに金髪の生徒が横たわっていた。窓の向こうを見ている。
中等部の生徒がそっと声を掛けた。
「テオ、起きてる?」
金髪の生徒はすぐに振り向いた。
「みんな……」
「あのね。これ、お見舞い。さっきね、みんなで選んできたんだ」
テオに大きな花束が押し付けられる。
「まず、お花ー!」
生徒達は次々にプレゼントを渡していく。
「これは俺の好きなマンガ。絶対笑えるぜ!」
「あと、絵本もあるよ。テオ、童話とか昔話好きでしょ?」
「それから、太陽とか星の写真集みたいなヤツもあったから買ってきたぜ!」
「俺からは、ジャーン! ボトルシップー! カッコイイだろー!?」
ドサドサと尋常じゃない数のプレゼントがベッドに置かれていく。
テオは目をぱちくりさせた。
「こんなに、たくさん……」
「これでも本当は全然足りないくらいだよ。
テオ、誰かが保健室に居る時、いつもお見舞いに来てくれたから」
「だよな。僕も、この三倍は貰ってるかも」
「でも、テオは今まで殆ど保健室に運ばれてないから、俺達はお返しができなかったじゃん?」
「だから今日は、ドーンとウルトラスペシャルデラックス・バージョン!
とにかくテオが好きそうなもの、いっぱい選んできたってわけ! 受け取ってくれるよな?」
テオは寮生達の顔を見渡す。
「ありがとう、みんな」
「テオ、テオー。早く元気になって、また君の可愛いらしい笑顔を見せておくれ?」
そう言った生徒が笑う。
「なーんちゃって。テオのマネー!」
「はははっ。似てるー!」
「テオ、それ、よく言うよね!」
「あ、そうだ。あのね。テオの生徒代表就任パーティのことなんだけど。
テオには元気になるまで休んでて欲しいから、企画とか準備とか、僕達が考えておいても良いかな?」
「任せてしまっていいのかい?」
「もちろん、就任挨拶はテオにやって貰うぜ! あとのことはドーンと俺達に任せとけ!」
「テオが元気になったら、パーティやっても良いですよね、ソクーロフ先生?」
ベッドルームのドアに凭れて、全員の一挙一動を観察していた医師が、にこやかに頷く。
「ああ。構わないとも」
「じゃあ決まりだな、テオ、カッコイイ挨拶、考えておけよ?」
「それは元気になってからでいいよ。今はゆっくり休んで。早く元気になってね、テオ」
「うん。早くみんなのところに帰りたいな。博士、私はいつ寮に戻れますか?」
「そうだね、君がそう望むのなら、回復は早いと思うよ。調子が良ければ、明日でもね」
生徒達は「やったあ!」と声を上げた。
シュヌーシアの生徒が帰った後。
ウーティスの生徒、そして、アルファルドの生徒までが、テオのお見舞いに訪れた。
「テオ、タオレタンダッテ!? テオ、タイヨウとウミをアイするオトコ!
オレのナマエは、ジャワハルワール!」
お喋りなオウムを肩に乗せている生徒は、見舞いに果物をひとつ持ってきた。
今日のオウムは、随分悲痛そうに鳴いている。
「オレンジ、オミマイ! ジャワハルワール、オレンジ、スキ! ダイスキ! テオにアゲル!」
オウムの小さな黒目は果物に釘付けだ。必死の「待て」である。
ジャワハルワールからテオに果物が手渡される。オウムは絶叫した。
「ギャー! オレのオヤツー!」
テオはジャワハルワールを見上げながら、
「ほ、本当に私が貰っても良いのかい? オレンジはオウム君の大好物だろう?」
「テオにアゲル! オレンジ、ビタミンCダカラー!」
泣き叫ぶように絶叫するオウムの頭を、飼い主は優しく撫でた。
ジャワハルワールは博士に軽く一礼して、無言のまま退室した。
ベッドの上で、テオは手の中に視線を落としていた。
果物を顔を近付けると、爽やかな柑橘の香りがした。
「オウム君……ありがとう」
医師は手を差し出す。
「テオ。それは保健室の冷蔵庫で預かろう」
「あ、はい」
「元気になったら、市場へ行って、あのオウムにお返しするオレンジを選んではどうだい? テオ」
「そうですね、そうします」
後編1
2009.11.20 (Fri) | Category : memo
ぼうっと過ごす、生徒代表一日目
帝王学の授業。
「クラウス、解りますか?」
返事がない。
「ああ、クラウスは卒業したのでしたね。すみません。
彼はとても優秀な生徒でしたから、授業をする側としても頼りになる存在だったのですが、残念です」
「実は、教師陣の間でも彼は有名人でした。クラウスが居る講義では、いつも以上に入念な授業準備をしてしまうと。
私も彼が居た間は、毎週身の引き締まる想いで教壇に立っていましたから」
「クラウスがこの教室に居なくなったからといって、授業の質を下げるようなことはしませんので安心して下さいね。
そんなことをしたら、クラウスに怒られてしまいます」
「クラウスから生徒代表の座を受け継いだのは、テオだそうですね?」
「あ、はい」
「毎年驚かされるのですが、学院の運営組織は、よくこれほどまでに的確な指名ができるものだと思いますよ」
「そうでしょうか?」
「ご自身はまだ実感がないようですね。
でも私も新しい生徒代表には君が最も適任だと思います。
皆さんも納得の結果ではないでしょうか?
テオが生徒代表に選ばれて納得した方は、挙手をお願いできますか?」
「ほら。見て下さい、テオ。君以外、全員の手が上がっていますよ。
自信を持って、一年間、任務を全うして下さい。
今年は君が聖アルフォンソ島の帝王なのです。帝王学で学んだきた知識が、君のお役に立てるよう願っています。
もちろん、テオだけでなく、のちに帝王となる皆さんもお役立て下さい。
帝王学の知識は、貴方の良き側近となり、貴方を生涯支え続けてくれますよ」
鐘が鳴る。授業終了の合図だ。教授が照れ笑いする。
「すみません。話が横道に逸れたまま終わってしまいました。
こんなことでは、早速クラウスに怒られてしまいますね。
来週からは、また気を引き締めて授業をします。皆さんも協力して下さいね」
授業後、他の生徒に「生徒代表就任おめでとう」と言われる
「生徒代表就任、おめでとう、テオ!」
「期待してるぜ!」
テオは「ああ、ありがとう」と応じる。
他の寮にも友人が多いテオは、生徒と擦れ違う度に祝福、激励の言葉が掛けられた。
「テオー! セイトダイヒョウ!」
「オウム君もお祝いしてくれるのかい? ありがとう」
「セイトダイヒョウ! クラウス!
ジャワハルワール、クラウス、イナイ! ドコ?」
「クラウスは卒業してしまったのだよ。だから、私が代わりに就任したんだ。
オウム君には少し難しいかな。私もまだよく解らないんだ。
クラウスがもうこの学院に居ないなんて、信じられない」
ジャワハルワールはテオの頭に手を置いた。テオは不思議そうに、
「ジャワハルワール?」
テオの頭と左肩を一回ずつ、ポン、ポン、と触れた。去っていった。
森へ。誰も迎えに来ない。寮に帰らなくては。
シュヌーシア寮サロン。
クラウスが居なくなってから初めての就寝時間が訪れた。
「あ、もう、寝る時間だね」
「だな」
「えー。もうちょっと遊びたいよ。今、いいとこじゃん。ねえ、もうちょっとだけ」
「止めとけ止めとけ。そんなことしてたら、クラウスがドイツから飛んできちまう」
「俺達を怒る為だけにー?」
「やりかねないな、クラウスなら」
「だろ? 『コラー! お前達ー!』とか言って!」
皆が笑う。
笑いが治まると、シンとなった。
「んじゃ、今日は寝てやりますかっ」
「うん。そうだね」
「寝よ寝よー」
「おやすみー」
夜。
「テオ?」
レオンがクラウスの部屋の前に居るテオを見る。
その部屋で待ってたって、もう誰も帰ってこないだろ。
前編1
2009.11.20 (Fri) | Category : memo
生徒代表室では、生徒代表の任命式が執り行われていた。
クラウスからテオへ、生徒代表という役目が、ひとつひとつ引き継がれているのだ。
生徒代表とは何か、から始まり、任務の詳細や理事会についてなど、
学院の機密事項とも言える情報が、クラウスの口から語られていく。
説明は、クラウスが一人で作成した冊子を元に行われている。
生徒代表マニュアルとして、この部屋に寄贈できるほどの完成度。
これさえあれば、口頭説明も必要ないくらい、
丁寧かつ正確に、生徒代表の全てが記されている。
明らかに、一昼夜で作成できるような物ではなかった。
クラウスとテオは机を挟んで、向かい合って座っている。
これ以上ないほど完璧な段取りで業務説明は進む。
手製のマニュアルを片手に、クラウスは機械的に語っていた。
テオは机上のマニュアルを目で追っていた。
序盤は相槌を打ちながら聞いていたのだが、
それも徐々になくなり、後半になると一言も発さなくなっていた。
それでもクラウスの話すスピードは一定に保たれたまま、最終ページへ辿り着いた。
「説明は以上だ。質問はあるか?」
うん、と頷く。
「言ってみろ」
「明日になったら」
テオは俯いたまま、小さな声で呟いた。
「クラウスは、本当に、シュヌーシアに居ないのかい?」
生徒代表の任務についての、不明点を尋ねているのに。
関係のないことを聞くな。いつものクラウスなら、間違いなくそう言っただろう。
だが、その時は言わなかった。テオの声は微かに震えていた。
クラウスはテオの言葉に短く応じる。
「ああ。他に質問は?」
「私は生徒代表を辞退してはいけないの?」
「何?」
「私に貴方の後が継げる筈がないよ。貴方は最高の生徒代表だったもの」
「俺と比べる必要はない。任命された時点で、お前は次代の生徒代表に相応しい生徒だと認められている」
テオは首を横に振った。
クラウスは右の拳を握り締める。重い一息を吐いてから言った。
「生徒代表は指名制だ。余程の理由がない限り、断ることはできない。
お前に辞退できる理由があるのか?」
「新しい生徒代表が居なければ、貴方がこのまま」
「例え、お前が辞退できたとしても、俺は本日をもって生徒代表の任を解かれ、
任命式が終了次第、この学院を去ることは変えられない」
「でも私は」
「俺の後を継がせてやるって言ってるんだぞ! 他の奴に任せてもいいのか!?」
クラウスの背景に彼の肖像画が見えた。高い位置にある。手を伸ばしても届かない。
自分がどう足掻いても、あの絵を外すことはできないのだと言われているようだった。
「……やだ」
「帝王学で学んできたことを無駄にするな。習っただろう?
王たるもの、国を守る為には時に自己犠牲も必要だ。自分を律し、皆を導く。
これからはお前が、この島の王になるんだぞ。一時の感情に流されるな」
「クラウス……」
「いいか? 与えられた責務は最後まで果たせ。絶対に途中で投げ出すな。
お前にはできる。学院の運営組織も、お前が持つ、王の資質を認めたんだ」
「クラウスは? 貴方も私ならできると思ってくれたのかい?」
「新代表の最終決定には、現代表の承認が必要だ」
「質問がないなら、生徒代表の任命式はこれで終わりだ」
はっとテオは顔を上げる。クラウスが席を立つ。
「新しい生徒代表の健闘を祈っている」
「離せ、馬鹿」
「何か言って」
「何かって」
「貴方が居ない学院でも暮らしていけるように。明日から、私はどうすればいいのか解らない」
「それなら簡単だ。今までお前が散々やってきたことだろう?」
「楽しいことをしろ。お前から『楽しむこと』を取ったら、他に何が残る?」
シュヌーシア寮の生徒達に見送られる。
「クラウス。これ、みんなで書いたの」
「元気でね、クラウス」
「それはお前だ、ラビ。喘息も大分良くなってきたんだから、
これからも身の回りは綺麗に。部屋の片付けを忘れるなよ」
「うんっ」
「クラ、ウス」
「泣くな、今生の別れでもあるまいし」
「だ、だって、もう会えないかも、しれないし」
「行っちゃやだよ、僕達のお父さんなのに」
「お前達に最後に言っておきたいことがある」
「消灯時間は守れ。翌日の講義に障る。解ったな?」
「泣かなかったね、クラウス。最後くらいは初めて泣いた顔が見れるかもって思ったけど」
「泣くわけねーだろ、クラウスが。あいつの頭、固くて古いから、
人前で男が泣くな、とか言うタイプだろ?」
「だな。んじゃ、寮に戻ろうぜ」
車が走り出すと、テオが寮へ駆け出した。
「テオッ!」
追い駆けようとしたラビの腕をレオンが捕まえた。
「行くな、ラビ」
「でも、テオが」
「一人にさせてやれ」
後編3
2009.11.17 (Tue) | Category : memo
ああ、そうだった。
貴方から貰った言葉なのに、私が守っていなかったなんて。
「はーい。チキン&チップス、お待たせー」
顔馴染みの店員から、アイヴィーが皿を受け取る。
ソクーロフが他の皿を避け、テーブルを開ける。そこにアイヴィーが皿を置いた。
今、到着したのは、鳥の唐揚げとフライドボテトの盛り合わせだ。
アイヴィーは早速、唐揚げを口に入れる。揚げたてでウマイ。煙草をくわえているソクーロフは手を付けなかった。
ここは島の旧市街にあるアイリッシュパブ。
アイヴィーとソクーロフは遅い夕食をとりながら、くだらない話や仕事の話をしていた。
他にテーブルの上に乗っているのは、5種類の焼きソーセージ、
ギネスビールで柔らかく煮込んだ牛肉、野菜スティック、細長いガーリックトーストなどだ。
いつも、頼んだ料理の三分の二を平らげるのはアイヴィーで、ソクーロフは残りをつまむ程度だった。
ポテトも二つ食べ終わり、店員の姿が見えなくなったところで、アイヴィーは話を再開した。
「じゃあ、今は元気になったったんだよな。良かった。
テオが倒れたから今日のミーティングは中止、って聞いた時は驚いたけど」
ソクーロフは唇から煙草を離し、灰皿に置いた。
「驚いたか?」
「そりゃ驚くでしょ、いつも元気いっぱい太陽スマイルのテオだぜ?
あいつはソクちゃんに世話になったこと殆どないでしょ?」
「ああ。だが、今回のことは、事前に予測できたことだ」
「え? テオが倒れるって解ってたってこと?」
「あの子の心身に何らかの影響が出るとは思っていた。しかし、正直、今回のことは私の予想以上だった。
これほど即座に、かつ顕著な症状が、表に現れるとは」
アイヴィーはソクーロフの表情を伺う。目が合った。が、ソクーロフは視線を外した。珍しい。
「なに? どーしたのさ、ソクちゃん。ヘンな顔して」
「いや」
グラスを傾ける。思い出したように、ソクーロフは料理に手を付けた。
アイヴィーも鳥の唐揚げをフォークに刺す。オレンジ色のソースを付けて、口に入れた。衣がサクサクと音を立てた。
「酒の肴に、ひとつ、話をしてやろうか?」
そう言って、ソクーロフは話し出した。
アフリカのある村では『若者は野生の鶏肉を食べてはいけない』と決まりがあった。
その村に住む若者が、ある日、他国で知人の家に泊まった。
朝食に肉料理が出たので『これは野生の鶏肉か?」と尋ねた。
「違う肉だ」と知人が答えたので、若者は安心してたくさん食べた。
それから何年も過ぎた後、二人は再会した。
その時には既に、アフリカの男は、若者ではく、大人と呼べる年齢になっていた。
村の決まりは『若者は野生の鶏肉を食べてはいけない』だった為、知人はこう誘った。
「君はもう大人だから、大丈夫だね。食べていくかい?」
しかし、アフリカの男はこう言った。
「あれから、村に魔術師が現れて、大人も鶏肉を食べてはいけないことになった」と。
知人は途端に笑い出した。
「可笑しな村だ。肉くらい、何を食べても平気だよ。
いつか、君に食べさせた肉も、本当は野生の鶏肉だったのだから」
途端に、アフリカの男は全身が震え出した。
それから二十四時間と経たずに、彼の心臓は止まった。
「お医者さん、お医者さん。酒の肴にしては話がコワ過ぎるよ。
つーか、まだ鳥の唐揚げが残ってるのに、そんなコワイ話しちゃう?」
「ちなみに、この話はフィクションではなく、1682年、アフリカのコンゴで起こった実話だ」
「出たー。ある意味、本当にあったコワイ話ー」
「この場合、死因は何になると思う?」
「し、死因?」
「原因不明の突然死だろうか、不慮の事故死だろうか。
肉を食べさせた人間に罪があると考え、殺人事件に仕立てることもできるかもしれない。
医師なら急性心不全と書くだろう。だが、それも要は『急に心臓の動きがおかしくなった』という意味で、
厳密な死因は医師にも解らない時に使われる便利な言葉だ」
「え、そうなの!?」
「他にもこんな事例がある」
ソクーロフは感情を表に出さず、続ける。
「妹が車に轢かれる瞬間を見て、心臓が止まった十一歳の姉。
軍隊から離れる希望を却下され、その日のうちに死んでしまった兵隊。
手術台に乗っただけで麻酔を掛ける前に亡くなる患者。
無害なヘビであっても、ヘビに噛まれた恐怖で死んだ男。
サンタクロースを目撃したショックで死亡した四歳の女の子も居る」
「そんなことで!?」
「そうだ。そんなことでと思われる状況で、彼等は亡くなった」
「でもさ、それって、元々、心臓が弱かった人とかなんじゃないの?」
「いいや。いずれのケースも、それまでは、死を招くような身体的問題はなかった人間だ。
精神的ショック。それが直接、人を死に至らしめたとしか考えられない」
「そんなことって」
「世界中にある事実だ。実際にあった症例をあと幾つ話せば信じる?」
「も、もういいよ。夜に一人でトイレ行けなくなっちゃうだろ!」
「興味があれば、後日にでも、良い参考文献を教えてやる。
物理学者であり心理学者でもある精神治療医が書いた、500以上の心因性死をまとめた本だ」
「ごひゃっ……いや、あんた、お医者さんだからって、そんな本まで読んでるのかよ……」
「真っ当な業務資料だろう」
「いやー、うーん」
「つまり、心が受けた傷だけで、心臓が止まる場合が実際にあるということだ」
医師は灰皿の上でトンと灰を落とす。
「悲しみは、人をも殺す」
黒い皿に横たわった灰。
アイヴィーには、それが煙草の死骸のように見えた。ソクーロフはぽつりと言う。
「だから、驚くほどではないんだ。テオが突然、高熱を出したことは」
「えっ?」
「熱だけで済んで良かった、今回はな。この一年間は特に注意して欲しい。
あの子と接していて、異常に気が付いたら、すぐに私に報告しろ。解ったな?」
後日、生徒代表室。
アイヴィーはミーティングを行う為、でここに来ていた。
「テオ。理事会からのメール見たか? 入学希望者が居るってヤツ」
「ああ、見たよ見たよ! アルフレッド・ヴィスコンティがこの学院に来るなんて!」
「あ、やっぱ知ってんだ? あの子役」
「知ってるなんてもんじゃないよ! 彼はあの名作『キャプテン・ライアンと最後の海賊たち』で、
イーグルアイのジェイミーを演じた、あのアルフレッド・ヴィスコンティだよ!?
あの映画は実に素晴らしかった。私は少なくとも五回は見ているよ」
「あー、お前さん、海とか大好きだもんなー。自分でお船も持ってるし」
「アルフレッド・ヴィスコンティの学院案内も、私が務めて良いのだよね!?」
「そりゃ、お前さんが生徒代表だからな」
「ああ、神様! 幸運を授けて下さって、ありがとうございます!」
「大袈裟だねー」
「早速、アルフレッドの為に、色々準備しなくては!
あ、そうだ! ねえ、アイヴィー、学院案内の時に、私の船を使っても良いかい?」
「ああ、まあ。ダメって話は聞いたことないからイイんじゃね?」
「良かった! では私、アルフレッドを連れて、クルーズしてくるよ!
聖アルフォンソ島の素晴らしさを語る上で、海は欠かせないものね!
ああ、あのイーグルアイ・ジェイミーと二人きりで航海ができるなんて、夢のようだ!
生徒代表の学院案内とは、なんて素晴らしい特権なのだろう!」
両手を掲げて喜んでいる。
テオの笑顔は、見ているほうも自然と同じような顔にさせた。
「楽しそうだな、テオ」
「もちろん!」
テオらしいキラキラとした顔。
「私から『楽しむこと』を取ったら、他に何が残るんだい?」
テオは少し上を向く。視線の先には肖像画があった。
fin
後編2
2009.11.17 (Tue) | Category : memo
テオが朝食に顔を出さない。
「どうしよう、テオが居ない! テオの部屋、誰も居なかった!」
「まさか、あいつ!」
「どうしたの、レオン!」
レオンが食堂を飛び出す。そのあとに皆が続いた。
レオンは廊下を走った。脳裏に口煩い先輩の声が聞こえてくる。
「今はマジで緊急事態なんだっつの!」
レオンは走った。その部屋に向かって。
昨夜、テオがドアの前に立っているのを見た、あの部屋に。
「テオ! 居るのか!?」
ドアを開け放つ。テオはそこに居た。
べッドを枕にするように、床に膝を突いて。ベッドに凭れて眠っているようだった。
「お前……マジであれからずっと、ここに居たのかよ?」
レオンを追い掛けてきた生徒達が、続々と部屋に到着する。
「テオ、こんなとこに居た……」
「寝ぼけて、部屋間違えちゃったのかなあ?」
一人の生徒がテオの肩を揺する。
「テーオ、朝だよ。てゆうか、ここテオの部屋じゃないよ。テオ、起きてってば」
「おい、なんか、様子が可笑しくないか?」
「テオ、苦しそうじゃない?」
「もしかして、熱が」
レオンはテオの額に触る。寮生達に振り向いて、叫んだ。
「おい! 誰か博士に連絡!」
「わ、解った!」
テオが目覚めた時、最初に見たのは、真っ白な天井だった。
ここは自分の部屋ではないようだ。周りを見渡して、それは確信となる。
「保健室……どうして?」
「目が覚めたんだね」
真後ろから声がした。優しい顔をした白衣の男。保健教師のソクーロフ博士だ。
「おはよう、テオ」
「博士……おはようございます、あの、私はどうして、保健室に?」
「覚えていないか。君は今朝、シュヌーシアの空き部屋で倒れていたところを発見されたんだよ」
「空き部屋?」
「以前は、クラウスが使っていた部屋だそうだね」
えっ、とテオは小さく呟いた。
「彼の部屋に入ったことは覚えているのかな?」
テオは目を伏せる。
「……いいえ。自分の部屋に帰ったつもりでした」
「そうか。高熱で意識が朦朧としていたのかもしれないね」
「熱?」
「ああ、発見当時38度7分だったんだよ、君は。今はどうかな。もう一度、検温してみよう」
はい、と答える前に、耳許でピッと電子音が聞こえた。
耳式体温計だったようだ。ものの1秒で検温が終わる。
博士は表示された数値を確認後、テオにも見せた。38度2分。
「まだ高いね。今日は授業に出なくていいから、ここで静養していなさい」
博士は体温計を片付けながら、
「今日は第一回目の警備ミーティングもあったね。出席者は三人だけだし、中止にしよう」
「えっ?」
「警備担当者には私から連絡しておくから」
「それは駄目です! ミーティングなら出れます!」
「無理だよ。体温計を見せただろう?」
「生徒代表の仕事は、休みたくありません。少しくらい熱が高くたって」
「例え、学院の総帥でも、保健室に居る間は私の患者だ。
患者には私の言うことを聞いて貰うよ」
医師の手が上がる。その手はテオの髪を撫でた。
「衰弱した身体では生徒代表の任務も務まらない。テオ、今の君には安静が必要だ」
「ソクローフ先生」
放課後の保健室。
ソクーロフがカルテを書いていると、シュヌーシアの生徒達、ほぼ全員が、ぞろぞろと連れ立ってやってきた。
保健室の先生は優しい声で応対する。
「おや。みんなお揃いだね」
「あの、先生、テオは大丈夫ですか?」
「みんな、テオのことが心配で来てくれたのかい?」
生徒達は一様に頷いた。
「テオ、熱はどのくらいあったんですか?」
「先程、計ったら、38度2分だったよ」
「そんなに……風邪なんですか?」
「風邪、というよりは、疲れが溜まったまま回復することなく悪化したといった状態だね。
大丈夫。身体的には悪いところはなかったよ。ただ」
「ただ?」
「身体に支障はない程度だが、血糖値が低かったのが気になったね。最近、テオはきちんと食事を取っていたのかな?」
同じ寮で寝食を共にしている生徒達は、昨日の食卓風景を思い出す。
「晩ご飯食べに来てなかったんじゃない? 昨日は」
「あ、そうだよね。でも、昨日は、一人にしておいてあげようってことになって」
「昨日は朝ご飯の時もすぐ居なくなっちゃったよね」
「そう言えば、テオって最近ご飯残したりしてなかった?
いつだったかな、テオってターキーとか好きなのに、他の人にあげたりしてさ。結構前から具合悪かったのかも」
「そーかー? いつもと同じくらいじゃねえの?
前はいっぱい食べてたけど、最近はずっとあんなかんじだったろ」
生徒達のお喋りを医師は軽くメモを取って聞いていた。
赤いボールペンを白衣の胸ポケットにしまう。
「ありがとう、貴重な証言を聞かせてくれて」
「僕達、テオのお見舞いがしたくて来たんですけど、会っちゃダメですか?
ダメなら、これ、テオに渡しておいて貰いたいんですけど」
「会って構わないよ、感染性ではなかったし」
ソクーロフは生徒達の顔を見る。
「どんな抗生物質より、薬になるかもしれないね、君達が」
医師は席を立つ。
「テオのベッドへ案内するよ。付いておいで」
保健室二階、ベッドルーム。
一番窓側のベッドに金髪の生徒が横たわっていた。窓の向こうを見ている。
中等部の生徒がそっと声を掛けた。
「テオ、起きてる?」
金髪の生徒はすぐに振り向いた。
「みんな……」
「あのね。これ、お見舞い。さっきね、みんなで選んできたんだ」
テオに大きな花束が押し付けられる。
「まず、お花ー!」
生徒達は次々にプレゼントを渡していく。
「これは俺の好きなマンガ。絶対笑えるぜ!」
「あと、絵本もあるよ。テオ、童話とか昔話好きでしょ?」
「それから、太陽とか星のマンガもあったから、これも買ってきたー」
「俺からは、ジャーン! ボトルシップー! カッコイイだろー!?」
ドサドサと尋常じゃない数のプレゼントがベッドに置かれていく。
テオは目をぱちくりさせた。
「待っておくれ。こんなに、たくさん……」
「これでも本当は全然足りないくらいだよ。
テオ、誰かが保健室に居る時、いつもお見舞いに来てくれたから」
「だよな。僕も、この三倍は貰ってるかも」
「でも、テオは今まで殆ど保健室に運ばれてないから、俺達はお返しができなかったじゃん?」
「だから今日は、ドーンとウルトラスペシャルデラックス・バージョン!
とにかくテオが好きそうなもの、ぶち込んでみたってわけ! 受け取ってくれるよな?」
「ありがとう、みんな」
「テオ、テオー。早く元気になって、また君の可愛いらし
い笑顔を見せておくれ?」
そう言った生徒が笑う。
「なーんちゃって。テオのマネー!」
「はははっ。似てるー!」
「テオ、それ、よく言うよね!」
「あ、そうだ。あのね。テオの生徒代表就任パーティのことなんだけど。
テオにはゆっくり休んで欲しいから、企画とか準備とか、僕達が考えておいても良いかな?」
「任せてしまっていいのかい?」
「もちろん、就任挨拶はテオにやって貰うぜ! あとのことはドーンと俺達に任せとけ!」
「テオが元気になったら、パーティやっても良いですよね、ソクーロフ先生?」
ベッドルームのドアに凭れて、全員の一挙一動を観察していた医師が、にこやかに頷く。
「ああ。構わないとも」
「じゃあ決まりだな、テオ、カッコイイ挨拶、考えておけよ?」
「それは元気になってからでいいよ。今はゆっくり休んで。早く元気になってね、テオ」
「うん。早くみんなのところに帰りたいな。博士、私はいつ寮に戻れますか?」
「そうだね、君がそう望むのなら、回復は早いと思うよ。調子が良ければ、明日でもね」
生徒達は「やったあ!」と声を上げた。
シュヌーシアの生徒が帰った後。
ウーティスの生徒、そして、アルファルドの生徒までが、テオのお見舞いに訪れた。
「テオ、タオレタンダッテ!? テオ、タイヨウとウミをアイするオトコ!
オレのナマエは、ジャワハルワール!」
お喋りなオウムを肩に乗せている生徒は、見舞いに果物をひとつ持ってきた。
今日のオウムは、随分悲痛そうに鳴いている。
「オレンジ、オミマイ! ジャワハルワール、オレンジ、スキ! ダイスキ! テオにアゲル!」
オウムの小さな黒目は果物に釘付けだ。必死の「待て」である。
ジャワハルワールからテオに果物が手渡される。
「ギャー! ジャワハルワールのオヤツー!」
オウムに叫ばれて、テオはジャワハルワールを見上げながら、
「ほ、本当に私が貰っても良いのかい? オレンジはオウム君の大好物だろう?」
「テオにアゲル! オレンジ、ビタミンCダカラー!」
泣き叫ぶように絶叫するオウムの頭を、飼い主は優しく撫でた。
ジャワハルワールは博士に軽く一礼して、無言のまま退室した。
ベッドの上で、テオは手の中に視線を落としていた。
果物に顔を近付けると、爽やかな柑橘の香りがした。
「オウム君……」
医師は手を差し出す。
「テオ。生物は保健室の冷蔵庫で預かろう」
「あ、はい」
「元気になったら、市場へ行って、あのオウムにお返しするオレンジを選んではどうだい? テオ」
「そうですね! そうします!」
後編1
2009.11.17 (Tue) | Category : memo
「クラウス、解りますか?」
返事がない。
「ああ、クラウスは卒業したのでしたね。すみません。
彼はとても優秀な生徒でしたから、授業をする側としても頼りになる存在だったのですが、残念です」
「実は、教師陣の間でも彼は有名人でした。クラウスが居る講義では、いつも以上に入念な授業準備をしてしまうと。
私も彼が居た間は、毎週身の引き締まる想いで教壇に立っていましたから」
「クラウスがこの教室に居なくなったからといって、授業の質を下げるようなことはしませんので安心して下さいね。
そんなことをしたら、クラウスに怒られてしまいます」
「クラウスから生徒代表の座を受け継いだのは、テオだそうですね?」
「あ、はい」
「毎年驚かされるのですが、学院の運営組織は、よくこれほどまでに的確な指名ができるものだと思いますよ」
「そうでしょうか?」
「ご自身はまだ実感がないようですね。
でも私も新しい生徒代表には君が最も適任だと思います。
皆さんも納得の結果ではないでしょうか?
テオが生徒代表に選ばれて納得した方は、挙手をお願いできますか?」
「ほら。見て下さい、テオ。君以外、全員の手が上がっていますよ。
自信を持って、一年間、任務を全うして下さい。
今年は君が聖アルフォンソ島の帝王なのです。帝王学で学んだきた知識が、君のお役に立てるよう願っています。
もちろん、テオだけでなく、のちに帝王となる皆さんもお役立て下さい。
帝王学の知識は、貴方の良き側近となり、貴方を生涯支え続けてくれますよ」
鐘が鳴る。授業終了の合図だ。教授が照れ笑いする。
「すみません。話が横道に逸れたまま終わってしまいました。
こんなことでは、早速クラウスに怒られてしまいますね。
来週からは、また気を引き締めて授業をします。皆さんも協力して下さいね」
授業後、他の生徒に「生徒代表就任おめでとう」と言われる
森へ。誰も迎えに来ない。寮に帰らくては。
シュヌーシア寮サロン。
クラウスが居なくなってから初めての就寝時間が訪れた。
「あ、もう、寝る時間だね」
「だな」
「えー。もうちょっと遊びたいよ。今、いいとこじゃん。ねえ、もうちょっとだけ」
「止めとけ止めとけ。そんなことしてたら、クラウスがドイツから飛んできちまう」
「俺達を怒る為だけにー?」
「やりかねないな、クラウスなら」
「だろ? 『コラー! お前達ー!』とか言って!」
皆が笑う。
笑いが治まると、シンとなった。
「んじゃ、今日は寝てやりますかっ」
「うん。そうだね」
「寝よ寝よー」
「おやすみー」
夜。
「テオ?」
レオンがクラウスの部屋の前に居るテオを見る。
その部屋で待ってたって、もう誰も帰ってこないだろ。
前編2
2009.11.17 (Tue) | Category : memo
「アイヴィー。なんで、こんな長い車で来たんだ。俺一人を運ぶだけなのに」
「ありゃ? お気に召さなかった?」
八人乗りのシートに、乗客はクラウスだけだった。
今日、アイヴィーが乗ってきたのは、自分が所有している車ではなかった。
1959年型キャデラックリムジン・ブラック。
キャデラックと言えば、大統領専用車両にも選ばれる、アメリカの高級メーカー。
これが聖アルフォンソ学院の車庫に何気なく置かれているのを発見した時は驚いたものだ。
しかも、この車には翼がある。ボディの後部に、軍事航空機のような尾翼があるのだ。
これは1950年代から60年代に大流行した、テールフィンというデザインだ。
中でも最も美しいテールフィンだと讃えられるのがこの1959年型。
「最後くらいは、いっちゃんカッコイイのに乗せてやりたいと思って、
車庫の奥から引っ張り出して、わざわざ借りてきたんだぜ?」
「最後だから、いつもの、お前の車に乗りたいと思うだろう、俺としては」
「あー。あははっ。そこまで気が回らなかったわ。最後までぐだくだで、悪いねー」
「次の生徒代表は聞いているな?」
「……ああ。テオだってな」
クラウスとテオは同じ寮。そしておそらく自他共に認める親友同士。それはアイヴィーにも見て取れた。
二人が共に居る光景はよく見掛けていたし、二人を乗せてドライブしたことも何度だってある。
新しい代表の名前を聞かされた時、今年は辛い任命式になるだろうなとアイヴィーでさえ思ったのだ。
今、後部座席に居るクラウスは、その任命式を終えて、そこに座っているのだ。
「いいか? テオが書いた重要書類は、必ずアイヴィーもチェックしてくれよ。
特に外部に送る手紙やメールは、誤字がないか、英語として可笑しな表現がないか気をつけて見てくれ。
あいつは正確性に欠ける上に、自己点検を怠るところがある。
あと、会議中、あいつがぼーっとしている時は、
間違いなく話を聞いていないから、アイヴィーが注意しろよ。
授業中も教授の話を聞かずに、全く関係ないことを夢想しているような奴だからな。それから」
そこでアイヴィーは笑った。
「何が可笑しい?」
「大丈夫だって。テオのことは、俺が責任持ってフォローするし、守るから」
「しかし、お前もルーズなところがあるからな。大丈夫なのか、次年度は」
「ご期待に応えられるように精進しまーす」
「語尾を伸ばすな」
「ははっ。クラウスのダメ出しも今日で最後だと思うと、『もっと言ってー』ってかんじ」
「マゾヒスティックな発言は止せ」
高級リムジンが空港に着く。
クラウス一人を乗せる為だけに来た、特別チャーター機。王のみに仕える鉄の鳥だ。
運転手は車を停め、先に車から降りた。従者みたいに恭しくドアを開けてやる。
「ご乗車お疲れ様でした。空港に到着致しました、クラウス・フォン・モール様」
「止めろ、似合わん」
そう怒られて、アイヴィーは笑った。
従者っぽく振る舞った自分が可笑しかった。そんなの、この学校ではしたことないのに。
クラウスに怒られたくてわざとやったのだろうか、と思うと、また笑えた。
「ほんじゃ、元気でな、クラウス。多分、向こうでも忙しいことになるんだろうけど、
あんま肩肘張らずに……って、お前さんには難しいかもだけど。
ま、時々でいいから、テイク・イット・イージーって言葉を思い出すようにな?」
「なるべくな」
「あー、全然やる気ないだろ? 『手を抜けるところは抜く』これ、俺のモットー」
「お前の、だろ? 俺には無理だ」
クラウスはこう言葉を続けた。
「だが、まあ、お前のモットーも、年に一度くらいは思い出すようにする」
「ん。それでもクラウスにしては上出来だな」
入学当時は、天然記念物レベルのドイツ軍人タイプだった。
聖アルフォンソ島で暮らした三年間が、
ガチガチだった頭に柔軟性を与えてくれたのだろうとアイヴィーは思った。
ドイツ軍人の名家に生まれたクラウス。
祖国に帰れば、軍人のエリートコースに乗るのだろう。
アイヴィーは島に来るまでは某軍に居た。
クラウスとはこの先、どこかで会うかもしれない。敵対関係でないことを願う。
「じゃー、気を付けて」
軽い調子でアイヴィーは片手を挙げた。
「アイヴィー」
「んー?」
クラウスがアイヴィーを少し見上げる。
「世話になった」
「えっ?」
「アイヴィーのおかげで生徒代表の任務もスムーズにこなせた。
それから、警備組織による日々の働きによって、
俺達生徒は今年も一年間、安全に暮らせた。生徒を代表して、改めて礼を言わせてくれ」
足を揃え、深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
軍人の家柄らしい、何よりクラウスらしい誠意ある礼だった。
アイヴィーは思わず笑ってしまう。
「どーいたしまして。お前さん、いい上官になるわ」
前編1
2009.11.17 (Tue) | Category : memo
生徒代表室では、生徒代表の任命式が執り行われていた。
クラウスからテオへ、生徒代表という役目が、ひとつひとつ引き継がれているのだ。
生徒代表とは何か、から始まり、任務の詳細や理事会についてなど、
学院の機密事項とも言える情報が、クラウスの口から語られていく。
説明は、クラウスが一人で作成した冊子を元に行われている。
生徒代表マニュアルとして、この部屋に寄贈できるほどの完成度。
これさえあれば、口頭説明も必要ないくらい、
丁寧かつ正確に、生徒代表の全てが記されている。
明らかに、一昼夜で作成できるような物ではなかった。
クラウスとテオは机を挟んで、向かい合って座っている。
これ以上ないほど完璧な段取りで業務説明は進む。
手製のマニュアルを片手に、クラウスは機械的に語っていた。
テオは机上のマニュアルを目で追っていた。
序盤は相槌を打ちながら聞いていたのだが、
それも徐々になくなり、後半になると一言も発さなくなっていた。
それでもクラウスの話すスピードは一定に保たれたまま、最終ページへ辿り着いた。
「説明は以上だ。質問はあるか?」
うん、と頷く。
「言ってみろ」
「明日になったら」
テオは俯いたまま、小さな声で呟いた。
「クラウスは、本当に、シュヌーシアに居ないのかい?」
生徒代表の任務についての、不明点を尋ねているのに。
関係のないことを聞くな。いつものクラウスなら、間違いなくそう言っただろう。
だが、その時は言わなかった。テオの声は微かに震えていた。
クラウスはテオの言葉に短く応じる。
「……ああ。他に質問は?」
「私は生徒代表を辞退してはいけないの?」
「何?」
「私に貴方の後が継げる筈がないよ。貴方は最高の生徒代表だったもの」
「俺と比べる必要はない。任命された時点で、お前は次代の生徒代表に相応しい生徒だと認められている」
テオは首を横に振った。
クラウスは右の拳を握り締める。重い一息を吐いてから言った。
「生徒代表は指名制だ。余程の理由がない限り、断ることはできない。
お前に辞退できる理由があるのか?」
「新しい生徒代表が居なければ、貴方がこのまま」
「例え、お前が辞退できたとしても、俺は本日をもって生徒代表の任を解かれ、
任命式が終了次第、この学院を去ることは変えられない」
「でも私は」
「俺の後を継がせてやるって言ってるんだぞ! 他の奴に任せてもいいのか!?」
「……やだ」
クラウスの背景に彼の肖像画が見えた。
自分がどう足掻いても、あの絵を外すことはできない。
「帝王学で学んできたことを無駄にするな。習っただろう?
王たるもの、国を守る為には時に自己犠牲も必要だ。自分を律し、皆を導く。
これからはお前が、この島の王になるんだぞ。一時の感情に流されるな」
「クラウス……」
「いいか? 与えられた責務は最後まで果たせ。絶対に途中で投げ出すな。
お前にはできる。学院の運営組織も、お前の中にある王の資質を認めたんだ」
「クラウスは? 貴方も私ならできると思ってくれたのかい?」
「新代表の最終決定には、現代表の承認が必要だ」
「質問がないなら、生徒代表の任命式はこれで終わりだ」
はっとテオは顔を上げる。クラウスが席を立つ。
「新しい生徒代表の健闘を祈っている」
「離せ、馬鹿」
「何か言って」
「何かって」
「貴方が居ない学院でも暮らしていけるように。明日から、私はどうすればいいのか解らない」
「それなら簡単だ。今までお前が散々やってきたことだろう?」
「楽しいことをしろ。お前から『楽しむこと』を取ったら、他に何が残る?」
シュヌーシア寮の生徒達に見送られる。
「クラウス。これ、みんなで書いたの」
「元気でね、クラウス」
「それはお前だ、ラビ。喘息も大分良くなってきたんだから、
これからも身の回りは綺麗に。部屋の片付けを忘れるなよ」
「うんっ」
「クラ、ウス」
「泣くな、今生の別れでもあるまいし」
「だ、だって、もう会えないかも、しれないし」
「お前達に最後に言っておきたいことがある」
「消灯時間は守れ。翌日の講義に障る。解ったな?」
「泣かなかったね、クラウス。最後くらいは初めて泣いた顔が見れるかもって思ったけど」
「泣くわけねーだろ、クラウスが。あいつの頭、固くて古いから、
人前で男が泣くな、とか言うタイプだろ?」
「だな。んじゃ、寮に戻ろうぜ」
車が走り出すと、テオが寮へ駆け出した。
「テオッ!」
追い掛けようとしたラビの腕をレオンが捕まえた。
「行くな、ラビ」
「でも、テオが」
「一人にさせてやれ」
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